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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 時は少し遡る。

 

 途中別軍に遭遇することもなく、エイラたちは目的地である岩山にたどり着いた。高みに上り眼下を見下ろせば、改めてステージの縮小が見て取れる。

 

「うーん、木が邪魔でよく見えないなぁ」

 

 端の方に立ちスケッチブックから出した双眼鏡で辺りを見回しながらエイラはつまらなそうに呟いた。

 

「エイラ嬢ちゃん、あんまり無駄遣いすると司馬懿の旦那に怒られるよ」

 

 四角い輪郭を撫でながら、彼女の後ろにいた小男が忠告する。困ったものだ、というような言葉でありながら、その語調は柔らかい。それでも「怒られる」という単語にぎくりと固まるエイラを見て、小男は目深に被った手ぬぐいの下の目を細めてさらに笑った。彼は狂濤(きょうとう)明月(めいげつ)率いる(こう)(ぎょく)軍で参謀役をしている男だ。

 

「ま、暇だって言いたくなる気持ちも分かるけどね〜」

 

 同じく笑いながら、群青色の髪と目をした女性がエイラの隣、彼女よりもぎりぎりの位置に立って眼下を見下ろす。ユーリキア・アーザ。かつて彼女の世界において「伝説」と称されたハンターの一人だ。腰に差した長めの剣やナイフ類が彼女のやる気を示している。

 

「だから気を抜くなというに。あんたらが強いのは分かるがな、化け物じみた奴が参戦しているんだぞ。ほら、軍表を見ろ。エイラ、あんたの仲間やられたぞ」

 

 気楽な様子のエイラたちに呆れた目を向けて、軍表を眺めていた司馬懿はたった今消えたばかりの少年の情報を提供した。

 

「えっ、嘘。ラルムちゃんが!?」

 

 慌てて軍表を表示すると、確かに龍真軍にいたはずのラルムの名前が消えている。まさかこんな短時間に彼がやられるとは思っていなかったエイラは驚きに口が塞がらなかった。しかし、同じく軍表に書かれているジーン――ターゲットの情報が更新されたのを見て相手を悟るとすぐに納得する。これは相手が悪かった。相変わらずの運の悪さを発揮する仲間を思い、エイラは乾いた笑いをこぼす。

 

「あ、ロニー君の軍が」

 

 同じく軍表を表示していたユーリキアが驚いた声を上げた。結論まで口にされなかったが、同じく軍表に目を落としていた面々は同時に結論に気付く。ロナルドの軍がまるごと消えていた。

 

「どこかの軍と当たったのねぇ。坊やをおしおき出来なかったのは残念だけど、あっちの方がこわーい人たち残ってるからいいかしらね」

 

 イユはメインステージに来る前からエルマと当たったら絶対に共闘時の粗暴な言動を反省させてやろうと思っていた。だが、年長者がそろい踏みの現状で待機会場に戻った方がよほど効果があるはずだと口元に手を当てて高笑う。

 

「うーん、こういうの見るとやっぱり暇だなぁ」

 

 敵がどんどん減っていく中、自分たちは待機の一手。策があるとはいえ暴れたりないエイラとしては物足りない状況である。ごそごそとポシェットの中を探り手に入れたアイテムをひとつずつ取り上げては説明を読んで手の中でもてあそび、また別のものを取り出してを繰り返した。

 

 最後にエイラが取り出したのはパーティなどで使うクラッカーだ。少し大きめで、高さは拳4つ分、太さは片手だと少し足りず両手だと余るくらいはある。効力的にはあまり使いたくない、と司馬懿が言ったので今のところ未使用で終わる予定のアイテムだ。エイラとしては使った方が楽しい気がしているのだが、司馬懿に睨まれると怖いのでやめた。

 

 引く気はないがと思いながら紐の辺りをちょいちょいと引っ張っていると、気が付いた司馬懿が後ろから少し怒った声でエイラの名を呼ぶ。

 

 それが災難。

 

 びくりとしたエイラは咄嗟に紐を引っ張ってしまった。途端にクラッカーは弾け、空中に紙テープの代わりに光が弾ける。音の残滓が空中を揺れる中、エイラ軍は一斉に黙り込み、その場はしんと静まり返った。

 

 ややあって噴き出したのはユーリキアだ。最初は身体を震わせるだけであったが、やがて腹を抱えて大声で笑い出す。

 

「あははははははっ、ギャ、ギャグじゃないんだからやめてよもー。あははははははは」

 

 エイラの背中をばんばんと叩いて、ツボに入ったのか笑いが収まる様子がない。憚りない明るい笑い声に触発されたのか、イユもくすくすと笑い出し、狂濤も肩を竦めて失笑する。

 

「笑い事じゃない。……とはいうものの、今回は俺のせいか」

 

 怒る気力もないのか、司馬懿は諦めたようにため息をついた。とりあえず怒られることはなさそうだ、とエイラはほぅと息を吐く。

 

「“ランダムコール”。弾けた光の数だけ大将騎を増やす道具、だったかい。随分増えたねぇ。咲也坊に、ダニエル坊に、清風の旦那にうちのお頭に甘寧の旦那か」

 

 軍表を眺めて狂濤は四角い輪郭を指で撫でた。言葉通り、軍表には5人の大将騎が新たに名を連ねている。

 

「まあでも、魔法使ってくるのダニエルだけだしいいんじゃないっすか?」

「そうねぇ。でも清風さんと甘寧さんは剣の腕が達者だし、明月さんは捕縛術が結構な腕前だし……って、あら?」

 

 さも当然のように話に加わってきた新たな声に、イユは思わず隣を見た。そして、正に今大将騎として登録された黒髪に眼鏡の少年、片倉(かたくら) 咲也(さくや)がそこにいることにもう一度驚く。どうやらここに召喚されたらしい。

 

「あれ、咲也君。どしたの? ここ敵軍だけど」

 

 エイラが気負わずに尋ねる。彼が戦えない人物であることは分かっているため誰一人として警戒していない。大将騎として現れたのであれば何かアイテムを持っている可能性もないのでよりいっそう警戒心は薄らいでいた。

 

 そして咲也本人も、争う気はないらしい。

 

「あ、降伏しゃーす。どっかの軍に引かれるならまだしも大将騎はさすがに無理ゲーすぎるわ」

 

 サバイバルゲームの感覚で参加続行した咲也だが、今からひとりで始めることへの不利をしっかりと理解している。からからと笑ってあっさりと降伏宣言すると、軍表からは咲也の名が一度消え、新たにエイラの軍に加えられた。

 

「ん……」

 

 軍表を見ていた司馬懿が言葉を取りこぼす。咄嗟だったのかすぐに口元を隠す様子を見せ、他の面々は何事かと軍表を見直した。そして、彼の反応の原因を理解する。龍真の軍が消えている。

 

「へぇ、強気なこと言ってただけあるわね。この短時間に3人も撃破するなんて」

 

 魔法などの特殊な力とは無縁ながら、馬超と龍真は歴戦の将であり、ラルムもまた剣技では彼らの学年の総合1位であるダニエルにすら勝る腕を持つ。でありながら、結果蓋を開ければ場に残ったのはジーン一人だ。昔の血が騒ぐのかユーリキアが強気な笑みを浮かべる。その横ではイユが紅雪を撫で、エイラがペンを回していた。

 

「はは、ここのチームの女性陣好戦的過ぎ」

「ひとり違うけどねぇ」

「猪にならんのなら何でもいい」

 

 そんな空気に男性陣はまるで怯まずにそれぞれの様子を見せる。

 







                             



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