<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> |
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馬超がジーンによって退場させられるより少し前、獲物を探していたレイギア軍と仲間を集めるべく進軍していたロナルド軍はメインステージ中央の大樹の下で邂逅した。大樹の陰になっていたために、お互いに接近するまで気付かず、その距離はひどく近い。 「うわわ、ど、どうしよう」 邂逅の瞬間に臨戦態勢になるレイギア軍を見て、ロナルドは慌てた様子を見せる。そんな彼の背中を女性の手が叱咤激励するように叩いた。 「うろたえない。戦わなくちゃいけなくなったなら腹をくくりなさい。下手な躊躇は自分も相手も危険にさらすわよ」 厳しい一言を告げたのはロナルドと同じ赤紫の髪と双眸を持つ女性だ。波打つ髪を背中に流し凛と前を向く姿は、この企画中何度となくおろおろしているロナルドとは正反対に堂々としている。 彼女はリーゼロッテ・アベーユ。ロナルドの実姉であり、道すがら獲得した唯一の仲間である。回復系の魔法に秀でた人物でありその登場を喜ばれたが、彼女がそれらを扱うために必要なものが足らないため、結局ロナルド軍は誰も回復していない。 「今度こそ借りを返すぞレイギアのおっさん!」 「先走るなエルマ。ひとりでその御仁が倒せると思っているのか」 「はっ、ふたりだったら出来るってか? やってみろや小僧どもが!」 しかしそんなことなど気にしないというように、エルマはレイギアに向けて突進し、周泰がそれに続き、レイギアもそれに応えて駆け出した。それに合わせてマリーニアが遠距離から弓を引く。連続で射出されるそれを狙われたロナルドは次々になぎ払い対応した。さらにその隙を狙い、アデラと仙星が剣戈を交えるレイギア・エルマ、周泰の横を通り過ぎ後方にいる残りのメンバーを狙う。 「あっ、駄目!」 気付いたロナルドが頭を狙ってきた5本の矢をまとめて鷲掴むと、そのままアデラと仙星に投げつけた。轟音を立てて迫り来るそれに先に気付いたのは仙星だ。はっと足を止めると、手にしていた三叉の槍を回して豪速の矢を叩き落す。 「っ、何という威力……手で投げてこれほどとは」 全てを叩き落しながらも手に痺れを感じた仙星は珍しく顔を歪めた。その様子を画面の向こうで見ていた同一世界・同一時代の者たちは総じて驚きを浮かべている。天に愛された才を持つと多くの他者に認められている彼女が、明確に顔を歪めた。幼馴染と呼べるほど長く共にいた周瑜ですら、それは滅多に見ないものだ。 魔法という、仙星たちにしてみれば空想の産物でしかないそれを操る少年は、地面を蹴ると仙星に一気に近づいてきた。そして、驚く彼女を両手で抱えあげると再び地面を蹴る。 「姉ちゃんそっちのお姉さんよろしくね!」 声が聞こえたかと思うと、ロナルドと仙星は宙を舞った。空を飛んだ、と仙星が錯覚するほどに高く、そして長く跳び上がったロナルドは、その一歩で弓を構えたマリーニアに近付く。そして、近くまで来ると彼女に向けて仙星を離した。 マリーニアはロナルドが跳んだ時点で呼び出しておいた相棒に呼びかけ仙星の落下速度を弱める。速度があったため力のない月光の射手では止め切れなかったが、身動きが取れるようになった仙星は空中で前転して受身を取った。お互いに顔を見合わせたマリーニアと仙星は衝突を免れたことにほっと息を吐く。 「ごめんねお姉さんたち。僕、ちょっとだけ本気で行くよ」 共闘の時から何度となく戸惑いおろおろとした様子を見せていた少年と同一人物とは思えないほど、その言葉は強い。両拳を握りしめ対決の意思を示すロナルドを前に、仙星とマリーニアは体勢を取り直しそれに応じた。 マリーニアが相棒と共に矢を放ったことを始まりにそこでの戦いは始まる。 ウェルリーが放った矢は空気を裂く中で幾十にも分裂した。もはや普通の攻撃だけで倒せる相手ではないと完全に理解したのか、矢の一本たりとも躊躇でぶれることはない。さらにそれに合わせてマリーニア自身も弓を引く。 隙間のない矢襖が眼前に迫る中、ロナルドは握った両拳を何度も左右に振るった。その度に矢は叩き落されるが、間断なく襲い来るそれは払っても払ってもきりがない。まして、相手は人のマリーニアだけではない。いくら連射が可能でも、人であるマリーニアはどうしても手中の矢が切れれば背に負った矢筒から矢を補充する必要がある。その隙を狙う余裕ぐらいならロナルドにだってあった。 だが、問題は彼女の相棒。月光の射手ウェルリー。人外である彼女はどうやら短時間では補充のために背中に手を回す必要がないらしく、一応背に矢筒は背負っているがこの連射の間一度もその動作を取っていない。 やがて焦れたロナルドは多少のダメージを覚悟で足に力を込めた。そして、蹴りつけた地面が抉れるほど強く飛び上がる。降りかかる矢の雨を左手一本でかいくぐり一足飛びでマリーニアに近付くと、腰の辺りで引いていた右拳を繰り出そうと力を込めた。 しかしそれは目的を果たすことなく終わる。右拳が打ち抜いたのは、狙ったはずのマリーニアではなく顔面に向けて躊躇なく突き出された三叉の槍だった。咄嗟に拳の軌道を変えたために力は乗り切らなかったが、何とか槍の穂先の位置を変える。それでも鋭い輝きはロナルドの顔の脇を薄皮一枚で過ぎ去った。 展開されたバルーンがほんの僅かに赤みを帯びる。驚きながら着地すると、その途端に仙星による槍の連撃が追撃を仕掛けてきた。バルーンがなければ、ロナルドが優秀な身体強化の使い手でなければ、その一撃一撃の全ては確実にロナルドの命を掠め取っている。目に特に力を込めながら神速とも呼べるそれをロナルドは冷静を心がけて回避した。 避けきれずに何度かバルーンが展開されるのを見て、ロナルドは素直に驚きを覚える。魔法の気配など小指の先ほども感じない女性が、ロナルドの目でギリギリ追いきれない攻撃を仕掛けてくるなど思ってもいなかったのだ。速さだけなら、あのジーンにも勝るかもしれない。 どれだけ逃げ回っても仙星の射抜くような眼差しはロナルドを捉えていた。身体強化があるとはいえ、ロナルドは元々戦闘職ではない。幼少期より戦のためにその武を磨いてきた仙星とは場数が違う。経験値の差を肌で感じ取り徐々に焦りだしたロナルドは、一度引こうと後方に意識を向けた。しかし、それをさせまいとマリーニアとウェルリーが矢を放ってくる。立ち位置がころころと変わる目まぐるしい戦いをしているというのに過たずロナルドを掠めるその技術、その観察眼。彼女もまた仙星同様ロナルドよりも経験を持つ人物だ。 追い回され距離を取ることも許されないロナルドは少しでも隙を作れればと頭を回転させ始める。 そんな彼の背中に、何かがぶつかった。何か、と思った瞬間ロナルドの視界は回る。その直前に彼の耳に届いたのは、ぴこん、という可愛らしい音だった。 |
風吹く宮(http://kazezukumiya.kagechiyo.net/)