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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 チャイムが鳴り響く。音に引かれるように和俊が顔を上向けると、彼と直前まで会話していた茶色の髪と髭、太い眉をした熊のような大男が同じように上を向いた。赤を基調とした制服に身を纏う彼はダンカン・ベイツという名の騎士院生だ。年は30を超えているが、騎士院には上限がないため彼もライナスやラルムたちと同学年である。

 

「3回目のチャイムだな。これで1時間30分が経った」

 

 慌ただしい時に2回目のチャイムが鳴ったために恐らく気付いていないであろう、という気遣いから、ダンカンはそのチャイムについてを説明した。それに和俊は少し驚いた様子を見せる。ダンカンの予想通り、2回目は聞き逃していたようだ。

 

「そうですか……じゃあ制限時間がつくまであと半分ですね。でも、もしかしたらそれよりも早く決着がつくかも。随分メインステージにいる人が増えてる」

 

 軍表に目を落として和俊はひとりごちる。共闘終了後、レギナルト軍は岩山とは真逆の森の中、川の近くに飛ばされた。そこで最初に仲間にしたのは長い髪を高く結い上げた30代前半に見える男性、レギナルトの先輩猟師であるトミー・ケストナーだ。呼び出した当初はお互いに邂逅を喜んでいたが、少し前に「三馬鹿」とひと括りにされる残りの一人ことトルステンがジーンにやられたことを受けてまるで葬式のように沈んだままでいる。

 

 次はそれから少し後、川沿いに移動して茶色い髪と髭をした赤いピアスの男性、アドルフ・ミスカを仲間にした。「戦えない側の人間だ」と最初に公言されてしまったので戦力には数えていないが、記憶力と知識はあるようで、誰がどこにいる、どこに向かったのかなど最初に情報をくれたのは彼だった。現在はメーベル・秋菊とともに沈みきっているレギナルトとトミーを慰めている。放っておけばいいのに、と和俊が内心で思っていることは口にしていない。

 

 その後、しばらく時間を置いてから仲間にした人物が和俊にとっては今企画一番の幸運であった。金茶色の髪と同色の双眸を持ち、手にグローブをつけているだけで他には何も武器らしき武器を所持していない。それでも、眼鏡の下に柔和な笑顔を浮かべたその男性こそ、この軍最強の戦力だ。ヴィンセント・アーザ。まだ40代に手が届いたばかりの若さながら、レイギアたちと同一世界において「伝説」と冠されるハンターだ。制限のためマリーニアや息子のトーキのように相棒――コントラクトメイトを呼び出せないのは心残りだが、それでも並みの相手では苦戦はしないと和俊は予測している。

 

「それで、和俊? そろそろ攻撃に出る?」

 

 2メートル以上あるダンカンの背よりも高い岩に登り、ヴィンセントとは逆側を見張っていたティナが見下ろしつつ尋ねてきた。もはやレギナルト軍というよりも和俊軍だなとライナスが茶化して笑う。

 

「うーん。でも出来れば潰しあってくれるのを待ちたいなぁ……」

 

 ぎりぎりまで会場の様子を見ていたダンカンからの情報から考えるに、今一番混戦の予想が立てられるのは岩山だ。複数の軍があの地に集まりつつある。しかも、確実に戦いに発展しそうな者たちが、だ。

 

「ここからだと多分アニカさんの軍が近いけど、正直孔明さんを仲間にしてるあの人の軍は相手にしたくないんだ。怖い」

 

 時代こそ千年以上違うが、和俊は諸葛亮と同じ世界に生きている。その智謀は歴史で知るものであり、何より一昨年のハロウィン杯で彼の協力を得ていたゆえに実体験で知っていた。だからこそ諸葛亮の存在がアニカを叩きに行くことの躊躇へと変わっている。

 

「他の軍は遠いみたいだから、ここで一旦他軍の結果が出るのを待ちたいかなー」

 

 待ちの姿勢になって漁夫の利を得る。戦においては決して卑怯ではない手段を用いることを検討していることを明かす和俊に周囲の反応は様々だ。気の早いライナスはつまらなそうな顔をし、レギナルトとトミー、メーベルは戦いを避けられるかもしれない事態にあからさまにほっとした様子を見せている。

 

 一方で、年長者たち、そして秋菊の反応はまた違っていた。全面で認めることも否定することもしないが、何か含みのある表情。和俊はそれに気付きながらもあえて笑った。

 

 正直な所、他の軍には会いたくない、というのもあるのだ。

 

 その原因がメーベルと秋菊。前からいるメンバーや、甘寧と遭遇するならいい。清風でもまだ大丈夫だろう。だが、ダニエルと明月。彼女たちがそれぞれ主と仰ぐ彼らと邂逅した際、果たして寝返らずにいられるかどうか。心配なのはその点だ。

 

 魔法が使えないメーベルと、強いとはいえ現在の軍力ならまず負けはないだろう秋菊であるが、寝返りが一度あれば二度目がないとは限らない。そうなれば次々に連鎖を起こしかねないし、何人かはすでに下克上の権利を有している。下手をすれば、軍自体が揺らぐ可能性も高い。

 

 ここまで来てそれだけは避けたい和俊は、不信ゆえに待機を提案した。

 

「そっ、そうしましょう! アニカさんだって強いし、下手に動いたら何が起こるか分かりませんもんね! 先走ると危険ですもんね!」

「何言ってんだレギナルト。ああでもリーダーの決定だもんな。いや仕方ない仕方ない。けどリーダーの決定は絶対だよな」

 

 あと一押しすればいけると思ったのか、レギナルトが大きな声で賛成を示し、トミーがさも仕方ないと言うようなふりをしてそれに賛同する。危うく土下座しそうなほどの勢いを見せるトミーたちにアドルフは苦笑しつつ全員を見回した。

 

「まあ、いいんじゃないかな? 戦わないで勝つのが上策だろうからね。周囲に警戒しつつ少し待機、ってことで」

 

 改めて提案がされると、ちらほらと返事や頷きが返され、レギナルト軍はしばしの待機を決定する。途端に警戒を解くレギナルトとトミーと、逆に警戒を強める戦闘慣れした者たち。そしてその間で戸惑った様子を見せるメーベル。それらの様子を見ながら、和俊はティナが登っている岩に背中を預け、軍表に目を落とした。和俊はどこか一軍が落ちればまた戦況は変わることを確信している。今やるべきは、その時をただ静かに待つことのみだ。

 

 難しい顔をしている和俊を、少し離れた位置から覗き見ていたアドルフは同じく心配そうに彼を見ているダンカンに小さく声をかける。

 

「彼は、頭が良い子のようですね」

「ええ……ただ、お気付きとは思いますが少々思考が厳しい。わしは悪い子ではないと思うんですがね」

 

 世界が違うためにダンカンも和俊のことはよく知らない。だが、子供たちは彼を怖いと言う。冗談交じりだったので関係については心配していないのだが、どちらかというと和俊自身の方が心配だった。

 

「あの子は笑顔で人と接しているが、どこか拒絶的なところを感じる」

 

 小さなため息を吐くダンカンにアドルフは肩を竦めて苦笑して見せる。アドルフも大概だが、彼はそれに輪をかけて心配性らしい。ダンカンはその笑いに気づいて同じような表情で笑った。

 







                             



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