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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 悠一がどこかで聞いたことがあるような音だと感じた瞬間、最も早くに動いたパレラが明月に向かって飛翔してきた何かを余裕でキャッチする。だが、その途端にそれは大きく歪み、まるで軟体の生き物のように動くと最初の小ささが嘘のようなほど面積を増して瞬く間にパレラを包み込んでしまった。彼の名前をトーキが叫ぶ。清風とリリトが前に立ち襲撃者に供えるが、再び飛来してきた何かは彼らの間を通り抜けてパレラを救出しようとしていたトーキにぶつかった。

 

 反射的にトーキが拳を振るい、凌統が薙刀を振るって展開したそれを払う。大半は打ち落とされ、または切り落とされ地面で動かなくなったが、残った部分がトーキの口を塞いでしまった。

 

「トーキ、息出来るか!?」

 

 まず最初に呼吸の心配をする明月に、ジェル状のそれを引き剥がそうとしながらトーキは頷く。先ほど驚いた時に口を開けてしまったのだが、それは口内に侵入することはせず、驚くことに空気が通ったのだ。言ってしまえばジェル状のマスクのような感覚だろうか。

 

 だがマスクと違うのは声が全く出ないことだ。音が完全に吸収されてしまう。これではトーキはコントラクトメイトを呼び出せない。トーキたちのようなコンダクターは、音を持って契句を唱え始めてコントラクトメイトを呼び出せる。リリトたちの世界の魔法などのように詠唱破棄を出来る代物ではないのだ。

 

 明月軍で間違いなく一番の戦力であるパレラが、そして本人自体の腕前はまだまだとはいえ相棒のレベルが高いトーキが一瞬にして封じられてしまった。

 

 敵の先制攻撃を自覚すると、機と見たのか敵軍が姿を現せる。

 

 先頭にいるのは漢装に身を包み刀を抜き放った肌が浅黒い男性、(かん)(ねい)。その横には清風と同じほど麗しい容姿を持った同じく漢装の男性、周瑜(しゅうゆ)。周瑜とは逆側の甘寧の横には槍を構えた漢装の少年、姜珂がおり、その背後にはここまで彼らを隠し連れて来たのであろう白髪にユニークな組み合わせの服をまとった仮面の奇人、ネブリナが立っている。周瑜の斜め後ろには獣の耳が付いた水色のローブに身を包んだ少女――のように見える少年、ユア・ライガーと彼のお友達である一角猫(ユニコーンキャット)のラプルゥとオルウルフのオリビアがいる。そして、ユアの後ろには背が高くガタイのよい少年、聖がいた。

 

「さっきのお前が投げたな聖」

 

 悠一は幼馴染の姿を見て先の音の正体――というより、いつ聞いたことがある音なのかを思い出す。一番最近は、体育の授業の時だ。基本は帰宅部だが彼はあちこちの部活から助っ人を頼まれるほど運動神経に恵まれており、その強肩もまた恵まれた才能のひとつである。

 

 質問ではなく確信を持って悠一が声をかけると、聖はにっと笑って右腕に力瘤を作って叩いて見せた。

 

「ふっふー、伊達に鍛えてないぜー。パレラとトーキが戦えなけりゃ後は普通の戦闘だもんな。楽勝楽勝」

 

 聖の言葉通り、確かにトーキとパレラのふたりはファンタジー組ならではのものがあり、この軍では優秀な人材である。だが、彼らがいなければ勝てないと侮られた凌統はならば証明してやると言わんばかりに薙刀を回して構えた。さらに、同じくファンタジー組であり魔法を使える身であるリリトも剣を抜き放ち遠慮なく詠唱を始める。活発な彼女も結構な負けず嫌いだ。

 

 その様子を見た聖は「あ、やべ」と言葉を取りこぼして慌てて後方に引き下がる。甘寧軍はそれぞれに武器を構えた。ややあって詠唱が終わり魔法が放たれんとする。

 

 だが、それを清風とユーニスが左右から掴んで引き止めた。いや、引き止めたのではなく、リリトの体の向きを180度変えたのだ。驚きはしたが、リリトはユーニスの「そのまま撃て」という言葉を聞き氷の弾丸を放つ。それは誰もいない地面に激突した――はずだった。

 

「おっ? 何で後ろにいんだ!?」

 

 前に飛びかかろうとしていた凌統は巻き起こる土ぼこりの中から逃れるように突如現れた聖以外の甘寧軍を見て驚愕する。慌てて前方を確認すると、そこにいたはずの甘寧たちの姿は掻き消え、本気で顔を引きつらせている聖だけが残っていた。

 

「えーっ、何でばれるのー? 清風さんとユーニスちゃん何か使ってるの?」

「ラプゥ」

 

 巻き起こった土ぼこりから完全に逃れると、人よりも巨大な狼に跨ったユアは驚きの表情を浮かべている。

 

「あっぶね。おいネブリナ殿、手ぇ抜いたんじゃないだろうな?」

 

 同じ方向に逃げていた甘寧は隣に平然と立っているネブリナをじろりと睨みつけた。ネブリナは芝居がかった様子で大仰に驚いた様子を見せる。

 

「やや!? これは心外ですね甘寧さん。アタクシとっても慎重にやっておりましたよぉ。ばれたのはアタクシじゃなくてさっきのデコイの方ではないですか?」

「うーむ、まあ、気配はなかったからなぁ」

 

 終わったことだと平然とネタを目の前で喋りだす甘寧とネブリナに頭を抱えつつ、周瑜は自身の目の前で槍を構えている姜珂の肩に手を当てて立ち上がる。そして、リリトの方向転換をしたふたりに視線を向けた。

 

「ふむ、少々侮っていたな。失礼した。……が、まさかユーニス嬢まで分かるとは」

 

 甘寧軍が自身たちの変わり身として使ったのは用途名そのままのデコイだ。つまり、囮である。今しがた甘寧が口にした通り気配がないため、戦いの心得がある者たちには通用しないとは思っていた。だが、まさかユーニスにまでばれるとは思っていなかったので少々驚きが大きい。馬鹿にしているのではなく素直な感心を口にしたことを相手も感じ取ったらしく、ユーニスはにこりと淑女的に微笑む。







                             



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