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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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「ふふ、清風さんはそちらの方が仰っていたように気配で感じ取ったのでしょうけど、私はただの予測ですわ」

 

 予測? 鸚鵡返しにされ、ユーニスは細い指一本立て口の端に当てた。

 

「ええ、ここまでばれずにやって来て最初の奇襲が成功しているとはいえ、すぐに姿を現すだなんておかしいですわ。だってもう少し忍んでいれば誰かを攻撃出来たかもしれませんもの」

 

 最初の奇襲で浮き足立った軍を堂々と現れて叩くのはいい戦法でありはするのだろう。心が落ち着いていない状態で真正面から倒されれば人は自然と圧倒されてしまう。だが、今のような状況ではまだ手としては不完全だ。剣も魔法も可能なリリトが残っており、清風や凌統の直接戦闘者もいれば明月のような中距離支援の戦闘手段もあり、一般人とはいえ喧嘩は強い悠一、通常の戦闘はまだ可能なトーキがいる。ネブリナという卑怯さすら感じる隠密能力がありながら、パレラが捉えられトーキが口を塞がれた以上の効果を示していない奇襲を、こうも容易く解除する理由がユーニスには理解も納得も出来なかったのだ。

 

 そしてまだ奇襲が続いているとすれば、狙うは警戒が弱まる背後。そう思ったのでリリトを背後に向けさせた。例え間違っていても第一撃くらいならば清風と凌統がふせいでくれるだろう、と。だが、同時に清風が動いたため、ユーニスの中の仮定は確固たるものと変わったのである。

 

「なるほど、もう少し厳重にするべきだったな」

「まあ過ぎたことは仕方ないでしょう、周都督。こうなった以上正面から叩けばいいだけのこと」

 

 自らの失策を認めて顎に手を当てた周瑜の横を通り過ぎると、甘寧は真っ直ぐに駆け出し、清風と相対した。他の面々もそれぞれに動き出す間に、同じく駆け出していた清風の刀と甘寧の刀がぶつかり合う。そして、場違いに澄んだ音が響いた。

 

「ほお、見た目は細身のくせに随分膂力のあることだな。片手で人斬りをしていただけのことはある」

「……揺さぶりのつもりか?」

「まさか。殺してきた人数なんて俺とお前でそう違いもあるまいよ」

 

 刃を挟んで甘寧は笑い、清風は冷めた表情を崩さない。甘寧は小さく息を吐くと強く踏み込んで清風を押し退ける。長年兇手(きょうしゅ)として剣を振るってきたため見た目以上に鍛え上げられている清風の体だが、同じく長い間戦場に立ち続けた甘寧の方がよほど筋肉量が多い。力で押されたら清風に真正面からそれを受けきることは不可能だ。

 

 たたらを踏みそうになった清風は、しかしすぐに身をよじって甘寧の軌道上から自身の身体をどかした。勢いで先ほどまで清風がいた場所まで来た甘寧は、止まることなく刀を跳ね上げ清風を追いすがる。

 

 再び刀同士がぶつかるが、今度は押し合うことはなくぶつかっては離れぶつかては離れが続いた。すると、不意に甘寧が噴き出す。

 

「そういえば去年の催しでもお前が相手だったな。おかしな縁があるものだ。今年は緊張して動けなくなったりしないのか?」

 

 思い出して清風は苦い顔をした。去年の運動会企画、大玉転がしで清風と甘寧は同じ回であった。普通の大玉転がしではなく、参加者が1回ずつ押していき、少ない回数でゴールするほど高得点になる、という競技だった。だが、清風は慣れない衆人環視の状況にすっかり硬直してしまい絶不調な結果となってしまった。

 

 自身の過去を指摘された以上に反応を見せる清風を見て甘寧はまた笑う。それを機に一度そこでの打ち合いは止まった。だが、お互いに牽制し合っているため隙はなく、空気ばかりが痺れていく。

 

「どわっ」

 

 その中男の声で短い悲鳴が上がった。声の主は聖だ。戦闘が始まった瞬間に迫ってきた幼馴染から逃げ回っていたのだが、先ほどついに飛び蹴りを喰らって倒されてしまったのだ。

 

「うおっ、もう赤いもう赤い。ちょっと手加減しろよ悠」

「いいじゃねぇかどうせ痛みねぇんだから。まあとりあえず――覚悟しろ」

「そんな鬼の目で――――ぎゃーっ」

 

 頭に向かって踵を落とされ、聖はあっさりと退場させられてしまう。見た目こそユーニスより小さく年下の凌統とほとんど変わらない悠一だが、喧嘩はほとんど負けなしだ。いくら頑丈な聖とはいえ、いつも以上に遠慮のない悠一の攻撃に何度も耐えられるほどではないのだ。

 

 幼馴染を情け容赦なく排除して、悠一は次の獲物に向かった。

 

「凌統、明月手伝ってこい」

「えっ、でもこいつ武器持ってるぜ?」

 

 悠一が狙ったのは凌統が相手をしていた人物。背は悠一たちよりも少し高いほどの少年――姜珂だ。槍を手にしている彼の相手を素手の悠一にさせることを躊躇する凌統だが、いいから行け、と手を払われると大人しくそれに従った。

 

 改めて悠一と姜珂が相対すると、姜珂は少し戸惑った様子を見せる。性格のよい彼もまた、悠一が素手であることを気にしているらしい。

 

 一方の悠一は僅かに眉を寄せつつも、お構いなしに駆け出して姜珂の頭に向かって飛び蹴りを放つ。咄嗟に挟まれた槍に一度は防がれるが、悠一は身を捻ると槍を蹴り下ろし、回転の勢いで逆側の足で目的を果たした。

 

「うわっ!?」

 

 予想外の動きに今度は防御が間に合わなかった姜珂は地面に転がる。その前にさらに回転して悠一が降り立つと、間髪入れずに聖に行ったような踵落としを決めた。発生したバルーンは赤く染まる。だが、そこは若年とはいえ一兵士。まだ退場に至らない姜珂はぐっと歯を食いしばると倒れる間も離さなかった槍を振るって悠一を遠ざけた。その隙に立ち上がると、姜珂は再び槍を構える。

 

「以前から思っていましたが、あなたは本当に平成の世の人間ですか悠一殿。いくら防御があるとはいえ槍相手に真正面から飛び込んでくるだなんて……」

 

 信じられない。言外にそう込める姜珂に悠一はじろりと姜珂を見た。睨んだように見えるが、そうではなく単純に目つきが悪いのだ。

 

「は。そりゃ普通の時なら刃物相手に飛び込んだりなんてしねぇよ」

 

 パイプや木刀相手には突っ込むが。

 

「けど今は別に怖くねぇな。お前の言った通りバルーンがあるし、それに――」

 

 言下、悠一は駆け出し、つい気を抜いてしまっていた姜珂の懐に入った。思わず後ずさってしまった姜珂の、その眼前に迫るのはたてがみを揺らす小さな獅子の怒りの眼差し。

 

「自分よりぬりぃ所の奴だなんて手と気ぃ抜いてる奴になんざ負けねぇよ」

 

 反論の余地もなく、繰り出された拳が姜珂の顔面に迫る。そして次の瞬間、姜珂の姿はそこから消えた。見た目こそ可愛らしいものだが、反骨精神旺盛でひねくれ者の悠一は自ら喧嘩を売ることも喧嘩を売られることもしょっちゅうある。いつの間にか喧嘩慣れした悠一は、それと同時に相手が自分をどう見ているのか分かるようになっていた。もっとも、分かるのは悪意の範囲のみなため肝心の相手の感情は分かっていないのだが。

 

 先ほど姜珂は相手が凌統から悠一に変わった時あからさまに緊張を解いたのだ。もちろん、その可能性があったから来たのではあるが、いざ眼前にすると腹立たしいことこの上ない。

 

 盛大に不機嫌な顔をしつつ、悠一は状況を確認するべく周囲を見回した。そして、思わず口笛を吹く。さすがトンデモ集団(ファンタジー)。予想以上の光景が広がっていることに悠一は素直に感心した。

 







                             



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