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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 時をまた少し遡る。スライムにまとわりつかれたまま大きな狼――オリビアと戦いを始めたトーキの後ろで、ユーニスはポシェットを探っていた。彼女の記憶には確かにあるのだ。この事態を脱するためのアイテムがこの袋の中にある、という事実が。

 

「あ。ありましたわ」

 

 取り出したのは一枚の札。「終了符」と大きく達筆な筆文字で書かれたそれは、使用すればアイテムの効果時間を終わらせることが出来るものだ。使用効果範囲は、使用宣言をした時に問われる内容に対する答えによって変わる。

 

「使用します」

 

 宣言をすれば白く長い髭を蓄えた和服の老人が現れた。老人は同じく長く白い眉に隠れた目でユーニスを見ると、巻物を彼女に見えるように広げる。

 

「我は問う。汝が世界、103年前に起こりし山岳戦の名とその勝者・敗者、戦の経緯を答えよ」

 

 読み上げられたのはまさに巻物に書かれている内容だ。出題が終わると、砂時計が現れる。画面の向こうでは彼女と同じ世界の者たちがその内容を思い出そうと顎に手を当てたり空虚に目を向けた。

 

 だが、当のユーニスは砂で下部のガラスとの接地面が埋まるよりも早く答えを出す。

 

「トールエヴェントの戦い。当事その地方の領主だったレイナルド・ホリップの私軍と、古くからトールエヴェント山に住まうオールコニー族が、山岳の資源を巡って争ったもの。地方領主ながら大きな兵力を有していたレイナルドに、オールコニー族は敗北直前まで追い込まれてしまった。しかし、“度が過ぎる”と時の陛下にお叱りを受けレイナルドは解任。トールエヴェント山は国の預かりとなる。――結論です。山岳戦の名はトールエヴェントの戦い。勝者はオールコニー族。敗者はレイナルド・ホリップ。経緯は今申し上げたとおりですわ。いかがかしら?」

 

 知識の一族アップルヤード。その長き歴史の中でも有数の最高レベルの才媛であるユーニスの特技は特に歴史の暗記だ。彼女の頭の中には細かくは300年分の歴史がしまわれている。

 

 堂々と正否を尋ねるユーニスの凛とした立ち姿に、画面の向こうでは年が近く友人として関わっているアルバとロナルドは「カッコいい」とはしゃいでいる。

 

 しばらく無言だった老人は、不意に眉と髭を揺らした。笑っている、らしい。

 

「正解。周囲で使用中の道具全ての効果時間をゼロとする」

 

 予想以上の、いや、予想通りの成果を上げてユーニスは穏やかに微笑む。だが、その眼差しからは自信だけが満ち、誰かが「やっぱりジーンの妹だ」と呟いた。

 

 老人の姿が煙となって掻き消えると、最初に終了の効果が出たのはトーキだった。口を塞いでいたスライムが硬化して落下すると、深く息を吸い拳を振るって一度オリビアを引かせ、自身もまた下がる。一瞬見えた彼のバルーンが赤みを帯びていたのを見て、後ろから吹き抜けた突風に煽られた髪を押さえながら、ユーニスはギリギリだったことを悟った。だが、ユーニスの心配もトーキの苦戦もここで終わる。

 

「――――『我が名に従え。地を駆け吠えよ』――――」

 

 契句を唱えるとトーキの周辺に茶色の光と威圧感が満ちた。飛び掛ってきたオリビアの爪がトーキに届くよりも早く、トーキは相棒を呼び出す。

 

「『大地の狼(グランド・ウルフ)』っ!」

 

 応じて空中に現れたのは、人間の大人ほどの大きさをした黒く長い毛の狼だ。鮮やかな緑の双眸が空を仰ぐと、空気を振るわせる咆哮が放たれた。

 

 敵が、味方が、予想していなかった事態に驚きを隠せずに動きを止める。

 

「オルフィア!」

 

 名を呼ばれ、大地の狼――オルフィアは了承を示すように一声吠え、トーキのそばまで近付く。そしてその黒い体が半透明になると、茶色い光がトーキの全身に宿った。

 

 オルフィアの遠吠えで萎縮していたオリビアが正気を取り戻し警戒するが、もはや遅い。万全の状態で迎え撃つならばともかく、直前まで身を竦ませていた彼女にはすでに勝ち目などないのだ。

 

 トーキ自身はまだオリビア単体にすら太刀打ち出来ないほど弱い。だが、『大地の狼』はランクの高いリーブズであり、その力を自身に宿したトーキは通常時よりも遙かに身体能力が向上する。

 

 オルウルフ特有の大きな体の下に潜り込むと、トーキは拳を強く握りしめて頭上を覆う茶色い毛並みへと拳を突き出した。

 

 それは確かに当たったと思ったが、瞬間に透明の何かに遮られる。誰かに何かのアイテムを使われたのか、と思ったのはその一瞬。少し離れた場所で、リリトと戦っているラプルゥの近くにいたはずのユアが短い悲鳴を上げたのが聞こえた。

 

 そしてふと見れば、リリトがこちらに向かってガッツポーズを向けている。どう返せばいいかほんの少しだけ迷ったが、すぐに彼女と同じガッツポーズを返してみた。そして笑顔を返されると、トーキは間違っていなかったことに安堵する。

 

「よっしゃいっただきー!」

 

 突如元気な声がした。そういえば少し前に後ろを通って行った気がする凌統の声だ。重なって聞こえた少し怒ったような声は確か――トーキは視線をそちらに向ける。

 







                             



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