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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 ダニエルの軍に所属した状態でありながら平然と敵大将騎と共に戻ってきたセルヴァを見て、ダニエル軍は一同豆に打たれたハトのような顔になった。そして、続けて告げられた言葉にダニエルは思わず声を荒げる。

 

「降伏しろ!? どういうことですかセルヴァ殿」

 

 剣こそ引いたものの、ダニエルは納得出来ない表情を隠すことはしなかった。一方のセルヴァも、それに不快を示すことは微塵もせず、逆に笑って見せる。

 

「言葉通りだダニエル。本気で勝ちを狙うなら、下手に意地を張って自軍のみでいるよりは他軍と合流した方が確率が高い。我々が初期に終結した軍ならこのようなことも言わないが、参加表を見てみろ。もう待機会場にいるのは2人しかいない。得れば勝てる可能性が高い御仁たちではあるが、我々が得られるとは限らない」

 

 言われたとおりダニエルは参加表を表示させた。確かに、待機会場に残るのは僅か2名のみだ。どちらも得られれば勝率は跳ね上がることだろう。だが、得られれば、の話だということもダニエルは理解している。

 

「ですが、騎士たる者がそう簡単に膝を折るなど……!」

 

 遊びとはいえ、全力を出していない状況で降伏の一手、というのは、まだ年若いダニエルには選びがたい手段であった。さらに彼はヘレルの誉れたらんことを目指すひとりである。理屈が分かってもすぐに納得するには意地が強すぎた。

 

 即時納得したトランプ騎士団のふたりとクレイドは、その背後と前方ではらはらしながら動向を見守っている。ラムダの表情は変わっていないが、心に浮かんでいる恐ろしさはクレイド・アズハと同じものだ。

 

 セルヴァ・レシィを知る者で、彼に進んで逆らう者はいない。スペードとして、《スペード》として、優秀であり厳しくもあったセルヴァは笑顔で人を圧倒する。元の世界でもそうだが、風吹く宮内でもトップクラスの実力はもちろん、精神的にもガンガン追い込んでくるのだ。若い頃を思い出しラムダとクレイドがそれぞれ表情を動かした。

 

 ダニエルの安否が気にかけられる中、周辺の予想をよそにセルヴァは真面目な顔をダニエルに向ける。

 

「ああ、その心意気はよい。素晴らしいことだ」

 

 明瞭にして簡潔な褒め言葉を紡がれてダニエルは咄嗟に姿勢を正した。世界が違えど上位の騎士からの言葉が与えられるとあれば礼を失するわけにはいかない。

 

「私もこれが実際の戦闘であったならばお前と同じことを言っただろう。だがこれはあくまでも催しだ。ならば、よい機会と思え。柔軟な思考もまた騎士には必要なことだ」

 

 再びセルヴァに微笑が浮かぶ。学べ、と言外に込められた言葉を前にダニエルは反論の言葉を飲み込んだ。海千山千の騎士から、騎士見習いに修学を呼びかけられたら逆らうわけにはいかなかった。もちろん拒否する権利はある。実際の命令ではないのだから。

 

 だが、『騎士』という憧れの前では存外素直なダニエルはそれから少しの逡巡の元、猫状態になったガルシアを抱えていたアニカに身体ごと向き直る。

 

「……ダニエル・ウィットフォード以下5名、降伏します」

 

 納得し切れていない様子が見えるが、確かな降伏宣言にダニエルの名前は軍表から消え、すぐにアニカの軍に再編された。

 

「ダニエルね。アニカ・ハインツマンよ。よろしく、若い騎士様」

 

 ガルシアを片手に抱え直してもう片方でアニカは握手を求める。応じて握り返してくるダニエルの手が予想以上に大きかったことにアニカは素直に驚いた。

 

「おー、うちが一番人数いますね」

 

 軍表を眺めていた陽菜乃が感心した様子を見せる。隣にいた太史慈がひょいとその手元を覗き込んだ。

 

「本当だな。ん、興覇殿の軍がやられたな。……はは、自分が死んだ後に軍に入る相手がいるというのは不思議な感覚だな」

 

 皮肉ではなく素直な感心で太史慈は快活に笑った。隣の陽菜乃はどう反応すればよいのか分からずつい苦笑を浮かべてしまう。歴史に名を残してこの宮で再会する面々は大変だなと内心でひとりごちる。

 

「さて、次はどうしますかね、孔明殿?」

 

 趙雲が問うと、諸葛亮は軍表に目を落としながら羽扇で口元を隠した。

 

「もう少しこの場で待機します。恐らく最も近くにいるのはレギナルト殿の軍でしょうが、あちらもどうやら動く気がないようですからね」

 

 再び待機を宣言され、元からの仲間たちは了解を唱えると周囲を警戒するべく展開する。本来ならば前線に出るアニカは今回ばかりは中央に残った。近くにある岩にアニカが腰掛けると、とりあえず彼女を囲むようにいればよいのだと判断して新たに仲間になった者たちもそれぞれ彼女を囲むように動き出す。

 

 その理解力に諸葛亮は満足そうに笑った。が、すぐに何かを思い出したようにそちらを振り返った。

 

「ああ、アズハ殿ダニエル殿、その辺りを歩く時は気をつけてくださいね――」

 

 注意を呼びかけた言下、アズハとダニエルの姿が消える。ああ遅かった。諸葛亮は困ったように顔を羽扇で隠した。

 

「落とし穴を掘っているなら先に言えっっ!」

「どうやって掘ったんだこんな深い穴!?」

 

 穴の底から怒りと戸惑いの声が響いてくる。アニカ軍で得たアイテムのひとつ、穴掘りマシーンがそこかしこに掘った穴は効果絶大のようだ。







                             



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