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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 ミヤコがカメレオンオーバーのフードを被ったのは、土埃が晴れるよりも前であった。彼女は偶然見てしまっていたのだ。何もない平面の景色の中、半分だけ見えるジーンの姿を。その時、姿の見えなかった司馬懿たちがエイラの出した背景の後ろに隠れていることを悟り、さらに、ジーンが攻撃を仕掛けようとしていることに気が付いた。

 

 僅かの間に予想は当たり、激しい雷閃ののち司馬懿たちの姿は消えた。レイギアが絶対に戦いに出ることが分かっていたミヤコはそこでジーンに不意打ちすることを思いついたのだ。

 

 あんなに危ない人、もしかしたらレイギアですら勝てないかもしれない。レイギアの強さは知っているが本気を知らないミヤコはそんな思いの元少しずつ歩を進める。戦う二人は道の中央から岩壁の近くで立ち代り入れ替わり場所が変わるので、崖側を進んだ。

 

 “勝ちたいから”だと心の中で唱えながらも、彼女が意識の底で思うのはレイギアが負ける姿を見たくないというものだった。あの人は強くなくちゃ駄目なんだ。まるで幼い子供がテレビアニメのヒーローに抱くような思いを胸に、ミヤコはピコペコハンマーの柄をぎゅっと握り締める。

 

 だが、さらに一歩近付いた時、ミヤコの全身から血の気が引いた。

 

 目が、合った。青灰の獣の目が、見えないはずのミヤコを見据えている。それは直前までレイギアに向けていた、ともすれば無邪気といえなくもないものとはまるで真逆の、底知れぬ冷たさを帯びた残酷な眼差し。

 

 

「邪   魔   す   ん   な」

 

 

 はっきりと告げられた言葉が、ミヤコを完全に硬直させる。ああ、蛇に睨まれた蛙とはきっとこんな気分なのだろう。呼吸すら忘れその場に立ち尽くすミヤコは、意図せずそんなことを考える。

 

 その開かれ続ける眼に映るのは、先ほど襲い来た天空の鎚と同等なほど激しい音を立てて弾ける雷の花。それがジーンの手から離れた瞬間にミヤコが立っていた部分の足場が丸ごと崩れた。ミヤコ自身に当てなかったのは偶然かそれとも勝負(あそび)の邪魔をしたことに対するイジメか。事実を知らぬまま、ミヤコの体は大きく傾ぎ空中に投げ出される。

 

 途上、フードが背中に落ちミヤコの姿がはっきりとすると、彼女の姿を探していた面々は揃って悲鳴のような声でその名を叫んだ。バルーンがあるから死ぬことはない。だが、この高さから落ちるなどという事態は、15歳の少女には酷過ぎる。待機会場からも悲鳴が上がるが、どちらの会場の悲鳴もすぐにやんだ。彼らにとって信じられない、だがある意味で信じられる一陣の風が疾風の如く彼女を掴んだために。

 

 意識が反転しそうになったミヤコは、突然の衝撃と岩肌に何かを差したような大きな音で正気に戻る。だが、その途端に足元に遥か地面が広がりまた意識が飛びかけた。

 

「アホ娘! 下見んじゃねぇ!」

 

 それを引き止めたのは怒号と共に落ちてきた頭突きである。痛みを叫んだミヤコは後頭部を両手で押さえながら反射的に上を向き、そこに見知った眼帯の男を見て反射的に気を緩めた。

 

「……レイギアさん……」

 

 ミヤコはレイギアの片腕に支えられていた。もう片方の腕は岩肌に突き刺した剣を握り締めている。何かを言わなくてはと口を開いたその瞬間、頭上から小石が降ってきた。上げていたミヤコの視界には、この事態の原因の男が崖際に立ってこちらを見下ろしているのが映る。

 

「つっまんねーなぁ。んなガキ放っておきゃいいのによ。まあもういいわ。今回はここで終わらせてやるよ。そいつがいない時にまた遊んでくれよ、レイギアのおっさん」

 

 呼び捨てから少しはランクが上がったらしい。にこりと笑みを閃かせると、ジーンは今度は炎を手に宿らせレイギアとミヤコに落としてきた。業火がふたりを包むと、その姿は落下するよりも早く待機会場に戻される。

 

 広がる光景が一変したのを遅れて理解したミヤコは詰めていた息を深く長く、ゆっくりと吐いた。今更体が震え出す。樹里があれほど怯えていた理由が少し分かった気がした。これは、樹里でなくても心臓に悪い。

 

 まるで大太鼓を打ち鳴らしているような激しい動悸を繰り返す心臓を落ち着かせるべく何度も深い呼吸をしていると、突然拳骨を落とされる。先ほどと同じように頭を押さえてミヤコは不満を浮かべて振り向いた。

 

「痛っ!! ちょ、痛い。今のは本気で痛いですレイギアさ――」

「こんの馬鹿ガキがっ。だから参加するんじゃねぇって言ったんだ! 第一あの蛙のガキに上手くいったのはあいつが戦いに不慣れな奴だからだって言っただろうが。何聞いてやがったんだお前は!?」

 

 ジーンの雷にも負けない大音声で怒鳴られ、ミヤコは目を見開き硬直する。怒られるのも怒鳴られるのも慣れているがここまで本気なのははじめてだ。

 

 頭の中がぐるぐると回り出す中、ミヤコは口をぱくぱくとさせる。それを見下ろしレイギアは天を仰いで深い呆れたため息を吐いた。

 

「どけ」

 

 足の上に座った状態で帰ってきてそのままだったミヤコを振り落としてレイギアは立ち上がる。剣を一度検分してからしまいそこから何も言わずに立ち去ろうとし――引き止められた。というよりも、足にしがみつくミヤコアラが重石になって動けない。

 

「おいこら、何だ。離せ」

「…………さい」

 

 振り落とそうにもがっつり掴まれてしまって離れない。足を振っているとミヤコがぽつりと何かを呟く。聞き返すと、涙でぼろぼろの顔が見上げてきた。

 

「ごっ、ごめんなさい〜っ。違うのぉ、レ、レイギアさんに勝って欲しかったのぉ。邪魔してごめんなさいぃぃ。助けてくれてあり、ありがとぉ」

 

 しゃくりあげるどころか号泣し始めるミヤコにレイギアはますます呆れた顔をする。少女から女性へと代わり始める年頃のはずなのだが、その様子はまるで小さな子供だ。悪いことをして、親に「もう知らない」と言われて必死に引き止める光景と酷似している眼下の状況が幻覚でないのが信じられなかった。

 

「〜〜、ああメンドクセェ。わーったっつの。泣くな。つーか重いんだよ。痩せろお前」

 

 また足を振るうがミヤコは離れようとしない。困っていると、横から二の腕を軽く抓られる。

 

「もう、慰め方っていうのがあるでしょレイギア」

 

 呆れた顔で見上げてくるのはマリーニアだ。大将騎であるレイギアが墜ちてしまったのでダメージが入っていた彼女も戻ってきてしまったらしい。見れば仙星も心配そうな顔で近くにいる。アデラはいない。画面を見上げるとジーンに向かっている彼女の姿と、その名がエイラ軍にあるのが分かった。どうやら咄嗟にエイラ軍に寝返ったらしい。

 

 そのことに特別感慨を抱くことをせずレイギアは再び視線を下げる。しゃがみこんだマリーニアに慰められているミヤコはまだ泣き止みそうにない。

 

 このまましばらくここで立ち尽くすのか。心底面倒そうにレイギアはため息を吐き出した。

 

 

 そんな様子を見てガーリッドは道半ばで固まっている。ミヤコが泣いているので慰めに行きたいのだが、空気的に入っていけずにいるようだ。恋する青年の葛藤する後ろ姿を見て、何人もが口元を抑え涙と笑いとをそれぞれ堪えていた。

 







                             



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