戻る

                             



<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

60/70


 レイギアが負けると分かった時、アデラは反射のようにエイラに寝返ることを宣言する。裏切りなど騎士としてあるまじき行為。分かってはいたが、ジーンのやり方をこのまま見過ごすことなど出来なかったのだ。エイラ軍に所属が移った直後、アデラは駆け出しジーンに向かって腕を突き出す。

 

 すぐに反応するジーンだが、アデラは引かず、逆に一歩を踏み込んで完全に彼の懐に入った。氷の視線がジーンを射抜くが、ジーンは笑ってそれを受け入れる。その彼の腕を掴むと、アデラはすぐに彼を投げ飛ばした。完全に体が宙に浮いたはずのジーンであったが、体が回る間に膝を丸め、アデラの後頭部を打ち抜く。――かと思われたが、後方の気配を察したアデラはそれが当たる前に彼を離し身を丸めて直撃を避けた。

 

 体勢を整え器用に着地したジーンはからかうように口笛を吹く。アデラはそれに向かってまた構え直した。レイギアに劣る能力だということは分かっているが引く気もない。凛とした強い眼差しが揺らがずにそそがれることにジーンはすっかりご満悦の様子を見せる。彼の好みが少し分かったかもしれない。メイン・待機問わず各会場ではそんな場違いの感想が生まれていた。

 

 アデラが間を空けたまま少し様子を見る姿勢になると、突如ジーンが駆け出す。近付いてきた彼の繰り出した剣を冷静に捌き、アデラは再びジーンの腕を取ろうとする。だが、それは避けられ、代わりに引き足を払おうとジーンの足が伸びてきた。アデラはそれが当たる前にそちらの足を爪先が天を指すほど高く蹴り上げる。意識していたためかバルーンは発生せず、それはジーンの髪先を掠めた。

 

 鋭い蹴りにジーンは後ろに下がりながら口元を微かに緩める。

 

「はは、いいな。お前も強い。名前は?」

「回答を拒否します。礼儀を覚えてから出直しなさい」

 

 きっぱりと拒絶を示されジーンは笑いながら肩を竦めた。

 

「ここの宮の奴らは男も女もこういうの多いな。新入りには優しくしろよ」

 

 だったら新入りらしい行動しろ。聞こえると厄介なのでエイラたちは内心で、心おきない待機会場の面々は声に出してその発言にもっともな意見を唱えた。

 

「じゃ、とりあえずお前も片付けとくか。これ以上覚える礼儀もないから名前は後で調べておくぜ」

 

 次の瞬間ジーンは容赦なく剣を振るう。どこに刀身があるのか。迷っている間にそれはアデラの首元に迫った。アデラの脱落が確定したと誰もが思ったのも束の間。アデラのバルーンは展開されず、代わりにジーンの剣を受けたのは刀身の長さがまるで違う1本のナイフである。ナイフの主の腕の中に収められたアデラは、同じ目線にある女性の顔に視線を向けた。

 

 気付いたナイフの主――ユーリキアはアデラに向かって年長者の笑みを浮かべる。

 

「いい動きだったわね、アデラちゃん。後はおばさんに遊ばせて」

 

 まるでご近所のおばさんが世間話をするような軽さでそう言うと、ユーリキアはアデラを放し、ナイフで受け止めたままのジーンの剣を払った。見た目以上に高等な技術が使われたのか、ジーンは予想以上の威力に思わず剣を取り落としそうになり咄嗟に握る力を強くする。

 

「あら、やるのねぇ。今の取り落とさなかったのは凄いわよ」

 

 素直に感心した様子を見せるユーリキアを見下ろし、ジーンは口の端を持ち上げた。

 

「そりゃどうも。この軍は当たりだな。あんたは名前教えてくれるか?」

「ユーリキア・アーザよ。ちなみに人妻・2児の母。若々しいでしょ?」

 

 片目を瞑ってモデルのようなポーズをするユーリキアの軽口に付き合って、ジーンは肯定を返す。とは言うものの、お世辞と言うよりは本音に近い。見惚れるほどのプロポーション、というわけではないが、2人も子供がいるならば確かに若々しい。

 

「坊やはジーン君だったわね。うちの子達よりも大きいけど、中身はあの子達よりも子供みたいだわ」

 

 母親の顔をするユーリキアにジーンは笑みを浮かべながら僅かに眉を歪める。あまり“母親”という存在との仲が芳しくない彼としては関わりたくない人種なのだ。

 

「おいユーリキア、御託はいいから――」

 

 遊べよ。口にしようとしたはずの言葉はついに音に出ることはなかった。彼が言葉を飲み込んだのは――否、彼の言葉を斬り捨てたのは、ジーンが目を瞑った僅かな一瞬で最低5回は縦横したナイフの軌跡だ。実戦であれば喉を斬られ目を潰され胸を裂かれ両腕が切断されている。

 

 バルーンが生じ赤く染まった。その視界の中でジーンは、薄く笑い、しかし目が笑っていないユーリキアを見る。

 

「ああいう危ないことを平然とする悪い子は、お仕置きね」

 

 空気がひやりと沈んだ。風が吹き止む。ユーリキアの感情に呼び寄せられたかのような静寂の中、ジーンの全身はぞっと粟立つ。だが、彼の表情には恐怖は微塵も浮かんでいない。それどころか、ただひたすら、楽しそうに笑っていた。

 

 子供のように無邪気にも見えるのに恐ろしいその笑顔に、エイラは目を逸らせぬまま咄嗟にイユにしがみつく。イユも同様に目を逸らせぬまましがみついてきたエイラの肩を逆側の手で軽く押さえた。

 

 その視線の中、ジーンが剣を振るう。エイラには完全に見えない速度。イユでもほとんど見えない速度。

 

 だが、ユーリキアはあっさりとそれを弾き、代わりに鎖骨の間のくぼみにナイフの切っ先を突き立てる。

 

 その途端に真っ赤に染まるジーンのバルーンは、ついに弾けた。破裂音が静寂に木霊する中、二拍ほどの間を置き、クリフの映像が空中に現れる。

 

『エエエエクセレェェェェントッッ! 素敵過ぎる戦うお母さん・ユーリキアさんによってっ、これまであれこれ大暴走だったターゲット・ジーンついに撃破ぁぁぁっ!! ターゲットの最終ポイント2千900という高得点。エイラ軍は全員体力はじめとしたあれこれ完全回復っ。さらにアイテムを3つ進呈するぜ! そして軍が随分減ってきたのでステージを再度縮小する。ようするに止まってばっかじゃつまらねぇから動けてめぇら! 特にレギナルト軍とアニカちゃんの軍』

 

 騒がしいクリフの解説が終わって映像が消えると、先ほどの静寂が打って変わって騒がしくなる。

 

「きゃっほーぅ! ユーリキアさん凄いすごーい!」

「やだーっ、もう興奮して心臓どきどきいってるわあたし。おほほ、体力全快よ〜」

 

 おおはしゃぎするエイラとイユを見てユーリキアはにこにこと楽しそうだ。そんな彼女の横でアデラは頭を抱えた。なんという気楽なことか、と。だがはしゃぎたくなる気持ちもよく分かる。ジーンが倒せた、というのももちろんだが、あの圧倒的な戦いは、落ち着いてみれば興奮せざるを得ない。

 

 ややあって、約束のアイテムを3つ分ルーレットで獲得すると、エイラ軍は自動的に岩山から下ろされる。どうやらこの岩山は縮小対象らしい。再度揺れが起こると、一瞬前の光景が嘘のように岩山が消え、周囲を囲んでいた低くなだらかな山々も消えていた。これで後は平地と森の中での戦闘手段だけが許される。

 

 待ちを主張する者がいなくなったエイラ軍は、そのまま次の軍を撃破するべく進軍を開始した。

 







                             



戻る


風吹く宮(http://kazezukumiya.kagechiyo.net/)