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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 一瞬の間に、ジーンの視界は変わる。そこは岩山ではなく最初に集められた待機会場。目の前にいたはずのユーリキアは消え、視線を動かせば驚きや感心、恐怖、不快、躊躇いを浮かべた住民たちが映った。

 

 しかしジーンはそれらに怖じることなく笑ってスクリーンに目を向ける。全ての軍を映す画面で、彼が真っ直ぐに目を向けているのは自身を破ったユーリキアがいるエイラの軍だ。細めた青灰の双眸に負けたことへの怒りはなく、面白い相手を見つけたことに対する高揚だけが浮かんでいた。

 

 誰しもが声をかけるのを躊躇っている中、首の後ろで括った銀色の髪を大きく揺らしてひとりの少年が猛然とジーンに駆け寄る。そして

 

「こんの馬鹿主がああああああっ!!」

 

 勢いをそのままに体当たりをした。しかし、予想していたらしいジーンは上手くいなして少年を避ける。一瞬転ぶかと思われた少年だが、あっさりと体勢を立て直すと今度はジーンの腕を両手で鷲掴んだ。避ける気がなかったらしいが、ジーンは面倒そうな表情で視線を彼から逸らしている。

 

 その理由が分かるのは彼らと同じ世界の者たちだ。ジーンが帰ってきた時にその粗暴さとラルム戦で口にした不敬な言葉を叱責しようと思っていたヘレンは、上げかけていた腰を再度椅子に下ろした。他にも動いた者がいるのは視界に映ったし、ともすれば彼女が言うよりも意外に効果があるのは分かっていた。なので、ひとまず”彼ら”に任せておくことにしたのだ。

 

 興味や関心が一身に集まる中、気付かない少年――フィオン・ペルセギドルはぎろりと「主」と呼んだジーンを睨みつける。

 

「ジーン様ぁぁ? ずっっっっいぶんとお楽しそうでしたねぇぇぇ?」

 

 嫌味満載の言葉に、視線を逸らしていたジーンはけろりとした笑顔を返した。

 

「おう、楽しかったぞ。この宮強ぇ奴いっぱいいんなー。はは、退屈しなさそうだぜ」

 

 からからと明るい笑い声を放つ主に、フィオンは笑顔でジーンの腕を掴む力を強くする。十代の少年とはいえそれなりに力のある従者の遠慮ない”仕置き”を受けジーンはさっと腕を引いた。最終的には離されたが、途中まで食いついたままだったことにジーンは少し楽しげな表情を浮かべる。この従者も一層根性がついてきた、と。

 

 成長を楽しむジーンとは真逆に、フィオンは怒りの形相のまま彼を怒鳴りつけた。

 

「退屈しなさそうだぜじゃないですよ! まーーーたこんな大暴れして! 僕が一体ここでどれだけ心臓に悪い思いをしながら待っていたと思ってんですか! 帰ってきた人たちには逐一謝って周りにフォロー入れて……ああもう! 今すぐご迷惑おかけした皆さんに謝ってください、ほら!」

 

 肩口を掴んで無理やり頭を下げさせようとするが、ジーンは理解出来ないと言いたげな様子でそれを拒む。力と力の引き合いになり、ある意味滑稽な図形が完成すると、そこに新たな人影が3つ追加された。

 

「フィオン君の言う通りだよジーンさん、流石に大暴れしすぎだと思う」

「ジーンさん、私も謝った方がいいと思います」

 

 最初に戸惑いながらも声をかけてきたのはレイギア戦で敗退したロナルドとアルバだ。強く言うわけではないが純粋な二対の視線が真っ直ぐに注がれジーンは首を傾げる。

 

「何だよ、お前らもか。謝れ謝れって、何を謝れって言ってんだ? これはゲームで、俺はゲームに乗って遊んできただけだろうが。ルールは破ってないし、バルーンがあったから誰も怪我してないだろ」

 

 その言葉を聞き、何人もの住人が理解した。それが嫌味でも言い逃れでもなく、真実言葉通りの疑問である、と。表情は怪訝なもので、声音も小馬鹿にしたり演技をしたりしている印象はない。ジーンは本当に自身の何を咎められているのか分かっていないのだ。

 

 いや、正確に言うならば分かってはいるのだろう。自身の行動による相対してきた者の怒りを分からないほどジーンは愚鈍ではない。だが、それが「謝る」につながる理由が理解出来なかった。すでに音に出したように、ジーンは“ルールに則って”企画に参加したに過ぎないのだから。

 

 だからこそ、謝や好、クリフ、さらには口うるさいチャーリーすらそれに関しては口を挟まなかった。彼らは総じてその点でのジーンの主張が間違っていないことを判断している。確かに褒められる言動ではなかったかもしれないが、ルールを守って参加している以上スタッフたちに彼を止める権利はない。

 

 だが、と謝は周囲を軽く見回した。

 

 この企画でジーンが参加してから襲撃にあった者たちや近しい者たちの様子を見るにそのまま見過ごすわけにも行かない。流石にジーンに謝れとは言えないので、ここはスタッフの方で謝罪を行うのが一番無難な方法だ。

 

 マイクを手にして言葉を構築して喋るタイミングを計っていると、それに先んじてジーンに近付いていた最後のひとりが小さな手でジーンのズボンを引っ張った。その手の主は、空色の双眸とオレンジ色の髪留めでふたつ縛りにした同色の髪と持つ幼女――レギナルト軍のアドルフとその妻・マーシャの娘であるボニトだ。

 

「ん? 何だボニト?」

 

 ロナルドやアルバが拙い言葉で、フィオンが厳しい言葉で説得しているのをさらりとかわし、ジーンは足元のボニトを見下ろす。

 

「あのね、ジーンくん、ボニトのおとーさんね、たまにボニトよりおおきい おにもつ もつの。でね、おもいからね、おくときドーン! っておとするの」

 

 両手を大きく広げて荷物の大きさを表そうとするボニトに、突然何を言い出すのかと、アルバたちも含めた周囲からは疑問に思う視線が集まった。しかしボニトはしゃがもうともしないジーンを見上げることに一生懸命で集まる視線には気付かない。

 

「そうするとね、ボニトびっくりしちゃうの。わぁーってなっちゃうんだよ」

 

 「わぁ」の所で一層大きな身振りをするボニトを見下ろしたままジーンはその光景を想像する。ああ見えて怪力なアドルフはジーンでも持つのに苦労する物をさらっと持つことがあるので、それはすぐに思い浮かべることが出来た。

 

 だがそれが何なのか。そう疑問に思った時、ジーンが理解出来る理由がようやく口に出される。







                             



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