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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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「おとーさんはね、そういうときボニトに『ごめんね』っていってくれるんだよ。おどろかせてごめんねー、って。だからね、ジーンくんは いっぱい おどろかせちゃったからね、ごめんなさいって いわなきゃ だめなんだよ」

 

 驚かせて、という単語が出て、はじめてジーンは顎に手を当てる動作をした。参加してから敗退するまでのことを思い起こしているのかと、アルバ、ロナルド、フィオンは駄目押しに言葉を重ねる。

 

「そう! そうですよジーンさん。ジーンさんの“遊ぶ”はじめて見た人はびっくりしちゃいますよ」

「巻き込まれた人も同じ! 同じだよジーンさん」

「しかも急に驚かされると不快になるでしょう? そういうことですよつまり!」

 

 ガンガン押して来る3人をちらりと見て、ジーンは少し考えてからにっと唇を伸ばす。

 

「そうだな、んじゃ謝っておくか」

 

 今度は何の抵抗もなく受け入れたジーンに見守っていた住民たちはざわめいたり言葉を失くしたりと忙しい。しかしその中、いい方の予想通りに事が進んだヘレンは厳しい表情を僅かに和らげた。

 ジーンは困った言動の目立つ人物であるが、理屈が通ればおかしな意地は張らないため今回のボニトのたとえは間違っていないのだ。アルバたちが言い続けた「ご迷惑を」や「不快な思いを」だけでは「何故」がジーンの中では繋がらなかったのだから。

 

 それもこれもメインステージの戦闘を見せられる範囲で見せ、それに対するボニトの「何で」「何で」を分かりやすくかつ重くない程度に説明し続けた母・マーシャのおかげであるだろう。ヘレンは安堵を分かち合うため孫娘に顔を向け――苦笑する。

 

 視線の先にいる水色の双眸と短い同色の髪を持つ女性。ヘレンの孫でアドルフの妻でボニトの母であるマーシャ・ミスカである。アドルフほど大騒ぎしないため目立たないが、彼女も十二分に親馬鹿であるため、ボニトを見る目がまるで天使を見るかのように慈愛に満ちていた。これはしばらく声をかけても無駄だと判断したヘレンは視線を再度ジーンたちに向ける。

 

 そしてその時、ちょうどよく進み出たジーンが片膝を地面につき剣を鞘ごと腰から外した状態で頭を垂れた。その動作はひどく優雅で、少し前までメインステージで暴れまくり、直前まで年下の少年少女と騒いでいた青年とは思えないほどだ。

 

 一同が言葉を失くすと、ジーンは良く通る声で、それまでとはまるで違う口調で喋り始める。

 

「会場にいらっしゃる皆様におかれましては、この度多大なるご不快を与えてしまい、誠に申し訳ございませんでした。不肖 このジーン・T・アップルヤード、ここに反省の意を表明いたします」

 

 流れるように音にされた謝罪の言葉が終わると、ジーンは別人のように落ち着き払った笑みを浮かべた。その様子に、一同はさらに言葉を失くす。別人。正に別人だ。貴族的であり、騎士的であり、整った顔の造形も助けまるで物語から抜け出してきたかのような雰囲気が漂う。その様に卯月やファニー、ケイティなどの少女たちは恐怖を忘れ見惚れた様子を見せた。

 

 しかし、一番感動したのは彼女たちではない。彼に痛い目に遭わされたうちのひとりである、ラルムだった。ラルムは座っていた席から立ち上がるとジーンに近付き、眼前に両膝をつくとその両手を取る。黒い双眸は純粋な感情にきらきらとしていた。

 

「素晴らしいですジーンさん。やっぱりあなたも立派な騎士なんですね! 申し訳ありません、私はあなたを誤解していたようです。あの時は失礼なことを口走ってしまってお恥ずかしいです」

 

 言葉半ばジーンの手を離すとラルムは躊躇いもなく頭を地面に寄せる。素直な、素直すぎる対応に苦笑がこぼれる中、エドガーとクラウスは心配そうな表情を見合わせた。素直も真っ直ぐもラルムの長所であるが、これは少しまずい流れな気がする。

 

 エドガーがラルムを引き上げようと立ち上がるが、行動は少し遅かった。したたかな狂犬は善良な騎士の皮を被りながら黒髪の騎士を罠に嵌める。

 

「いいえそんな。ですが――よければこれからも私と仲良くしていただけますか、ラルム殿?」

「はい、もちろんです。こちらこそどうぞよろしくお願いします」

 

 笑顔で返事をした瞬間、エドガーとクラウスの心配は周囲一体の知る所となる。そして彼らが思うのはいつも通りの一言。

 

 ああ、なんて運の悪い奴……。

 

 周囲が諦める中、狂犬が笑った。その邪悪なほど楽しげな笑みを受け、ラルムは表情を引きつらせる。彼が自身の早まった行動を理解したのはあまりに遅すぎるこの瞬間だった。

 

「そうかそうか、そりゃいいこと聞いたぜ。んじゃこれからも遊ぼうぜラルム。お前の成長性を大いに期待してるからよ」

「えっ、えええええっ!?」

 

 絶叫するラルムにあちこちから笑いが飛び、重苦しかった空気はあっさりと溶け消えてしまった。その背後ではロナルドとアルバとボニトが楽しそうに、フィオンがほっとした様子で手を叩き合わせている。

 

『さーてジーンの騒ぎは生贄ことラルムの尊い犠牲の元解決ってことで、みんな画面に注目しな。メインステージが動いたぜ!』

 

 事態の収束と見てそれまで黙っていたクリフが空気を一新するように声を放った。言葉に誘われ、それぞれのタイミングのずれこそあれど一同の視線は総じてスクリーンに向けられる。そしてそこでは、確実に「最終戦」と呼べる戦いが始まっていた。







                             



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