<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> |
||
63/70
|
||
時を少し遡る。ジーン撃破の報を受け、レギナルト軍ではざわめきが広がった。 「すっげー。ユーリさん勝っちゃったよ」 「さすがユーリキアさん」 「ユーリキア殿は確か制限がかかっていて能力は使えないはず……生身でありながら素晴らしいですね」 ライナス、ティナ、秋菊が感心を話し合う中、何かに気付いたのかレギナルトがヴィンセントに視線を向ける。何やらにこにこと嬉しそうだ。 「ヴィンセントさん、“アーザ”ってことは、ユーリキアさんってヴィンセントさんの奥さんっすか?」 レギナルトが問いかけると、恐らくそうだろうと思いつつも確証が持てなかったトミー・アドルフの新入り組も視線の向きをヴィンセントに変えた。ヴィンセントは現れた時以上の笑みを浮かべたまま頷く。 「ええ、私の奥さんです。昔からお転婆な人でしたが、まったく今も変わらないで困ったものです」 「はは、それにしては嬉しそうですなヴィンセント殿」 言葉とは裏腹な表情に感化されたようにアドルフが笑って茶化すと、ヴィンセントは緩む口元に手を当てて「おやおや」とまた笑った。一般の男性であれば、“妻が大暴れした”などと言われたも同然な伝達を聞けば恥やら心配やらを抱くところであろう。だが、元々男顔負けの実力で暴れまわっていたユーリキアを愛し妻としたヴィンセントである。妻の活躍は気分を盛り上げる情報でしかない。 「お宅も嫁さんのが強い感じ? うちのそうなんだよなぁ」 妻の話となって参加してきたのは妻の方がしっかりしていることで有名なトミーだった。彼が苦笑しながら茶化すと、ヴィンセントも笑いながら答える。 「そうですねぇ。若い頃は純粋な武力でも勝てませんでしたけど、結婚して子供が出来てからはもう最強ですね。とてもじゃないですが勝てる気がしません」 「だよなー。ガキが出来ると女ってのは強いよなぁ。あ、でもアドルフさんとこは奥さん大人しそうだよな。どーよそこんとこ?」 「うちのはまあ大人しい方ですな。逆に我慢しすぎてないか心配になりますよ」 家庭持ちの男たちが家族について話し出すと、ついていけない面々は互い互いに顔を見合わせあい笑い合った。その中秋菊は、顔は笑っているものの受ける印象がやけに冷たい和俊のことを気にかける。しかし彼をよく知らない秋菊には、気を抜いているのが許せないのだろうか、というくらいしか判断が出来なかった。 「そういえば、ステージが縮小したけど周りの軍どれくらい近付いたんだろうね」 周囲に意識を巡らせながら岩の上からティナが誰にともなく声をかけてくる。応じて全員が顔を上げたり周囲を見回したりと反応を示す中、軍表を表示したのは和俊だった。 「どうかな。岩山や丘とかがなくなって、全体的に縮小があったみたいだから、アニカさんの軍は近くにいるんじゃないかな。エイラの軍はメンバー的に確実に前進してるだろうし、明月さんの軍も同じだろうね。多分当たるとしたら、エイラ軍か明月軍のどっちかだとは思うけど」 唸りながら告げられた予想に周囲が頷く中、秋菊が「ただ……」と付け足してくる。 「下手をすると頭目の軍とエイラ殿の軍が同盟を組んでいる可能性はあります。うちの頭目は仲間を増やすのが特技みたいな人ですから」 確信した口ぶりを受け、明月を知る面々は「さもあらん」と誰一人として否定の言葉を紡がない。レギナルトがメーベルに誰のことかと尋ねると、メーベルは簡単に明月のことを説明した。腐敗した国を覆そうとする叛乱軍の頭目であり、次々に仲間を増やしては勢力を拡大しているのだ、と。 女たらしならぬ人たらしである明月は特別目立つ男ではない。ひどく地味で、ともすれば人波に一瞬で隠れられそうな人物だ。だが、彼の朗らかな人柄と折れない眼差しを前に彼と手をつなぐ者はとても多い。この戦いの中で、それが発揮されないとは限らないのだ。 「なるほど……ん?」 納得したようにレギナルトが顎に手をあてうんうんと頷いたその時だ。彼の足元に突然魔法陣が出現した。そして全員が気付いたのと同時に、魔法陣からは紫色の光が放たれ、頭上にウサギのぬいぐるみが現れる。 「レギナルト・スタームを捕捉。大将騎につき軍下全員を移動させます」 義務的な説明が可愛らしい声で告げられた。すると、その途端に魔法陣が大きく広がり、近くにいたレギナルト軍全員を範囲内に収める。同時に動きを制限され、ヴィンセントすら動けなくなってしまった。 「この効果……まさかゲット・ユー?」 ウサギのぬいぐるみがカウントダウンを始めたのを聞いて、しまった、という顔をしたのはルールブックを持っている和俊だ。気付いたライナスが一体何なのかと大きな声で尋ねる。 「召喚系のアイテムだよ。カモン・ユーと同じ系統だけど、こっちはメインステージにいる参加者を呼びつけるアイテム。一般騎ならその人限定、大将騎なら今みたいに軍下全員をアイテムを使った場所に召喚するんだ。どこの軍か知らないけど、飛んだ先では確実に待ち伏せされているから気をつけてねみんな!」 和俊の警告を最後に、レギナルト軍の姿はそこから消える。 そして次の瞬間待ち受けていた光景に、和俊はこのゲーム始まって以来のピンチを自覚した。 |
風吹く宮(http://kazezukumiya.kagechiyo.net/)