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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 四軍が邂逅した際、最初に剣戈を交えたのは岩の上の位置から落下してきたティナと最前線のひとりであったアズハだった。ふたつの飛圏に姿を変えた狼籐と、大剣に変えた茜日が甲高い音を立てて激突する。その時アズハが武器越しに相対したのは10代の少女ではなく、20代の女性の姿に変わったティナだった。下りてくる間に姿を変えたらしい。

 

 これは《スペード》の能力のひとつであり、自身が取った年の分だけなら老若を操作することが出来るのだ。基本的には10代の少女の姿でいることが多いティナだが、20代の――筋力もリーチも上がるこの姿になるということはそれだけ真剣に相手をしているということを示している。アズハは真正面から自分を見下ろして笑ったティナを見て唇を引き伸ばした。

 

「わざと俺の所に落ちてきたなティナ?」

「もちろん。アズハと手合わせするのって久しぶりじゃない? いい機会だから全力で行かせてもらうよ」

 

 一度ティナが地面に足をつくと、応じたアズハとの戦闘が始まる。そのすぐ側では、秋菊が太史慈と剣を交わし始めた。こちらは余計な言葉は交わさず、互いに互いを殺さんばかりの勢いで激しい打ち合いがされる。無論世界が違うので恨みなどはない。ただ、互いにそれぞれの世界で一軍を率いる将同士。目が合った瞬間「負けてはならない」という反射が働いたに過ぎない。

 

 さらに別の場所ではライナスとダンカンがそれぞれ凌統とトーキを相手にし始め、ヴィンセントは真っ先に向かってきた妻・ユーリキアを相手にする。

 

 こうして戦える者たちが全員で払ってしまった中、レギナルト軍の非戦闘員――和俊、メーベル、アドルフ、そして何故かレギナルトとトミー――は同盟三軍のその他の戦闘組に囲まれてしまった。

 

「うっ、うわあああ、無理。これ無理! 俺たち終わった! お疲れ様でした」

「ひえええ、も、もう駄目っすううううう」

「二人ともうるさい! ちょっと黙って!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐレギナルトとトミーを和俊は苛ついた口調で怒鳴りつける。彼の頭の中には今「失敗した」という悔しさばかりが渦巻いていた。裏切りを恐れすぎて、漁夫の利を狙いすぎて逆に集中攻撃を受ける羽目になるなどと馬鹿らしすぎる。

 

 手持ちのアイテムが何か思い起こしながら和俊は策を巡らせようとした。すると、それに先んじて突然隣のメーベルが謝罪と共にポシェットを漁り始める。何を、と問う前に彼女は中からひとつのアイテムを取り出した。それは悪魔のような細長く鋭い爪のついた手袋だ。メーベルはそれをつけると、ある一方に向ける。

 

「ダニエル様からマテリアライズポイントをスティールします!」

 

 宣言がされると、手袋から絵に描いたような悪魔が現れダニエルに向かった。気付いたダニエルが防御するも、結果は虚しくそれを空振りし悪魔の手はさっと彼の頭を薙ぐ。すると、ダニエルから抜け出たような光が文字通り光の速さでメーベルに吸い込まれた。

 

 この手袋は「スティール」というアイテムで、宣言した相手から、宣言したものを盗み、使用者のものとする効果がある。普通に使うならバルーンの耐久力を盗むものなのだろうが、メーベルは迷いなく魔法を使うために必要なマテリアライズポイントを選択した。しかも、主であるダニエルから。和俊は驚きの目をメーベルに向ける。裏切るのではないかと、一番疑っていた少女の行動が信じられなかったのだ。

 

「ファドルズアロー!」

 

 詠唱を終わらせてメーベルが呪文を唱えれば周囲に炎の矢が降り注ぐ。兄がいないためその威力は共闘時よりも随分が落ちているが、魔法がない世界の者たちには十分効果があった。寄って来ていたセルヴァすら一度下がらせる。レギナルトとトミーから喝采が上がった。

 

「メーベルさん……?」

「わっ、私はダニエル様から『どこの軍になろうと手を抜くな』と言われました。ですから、真剣に戦います。たとえ、ダニエル様が相手であっても」

 

 立派なことを言いつつも声は震えている。だが、嘘ではない。

 

 再び詠唱を始めるメーベルを驚きを込めて見つめていると、アドルフに背中を軽く叩かれた。すぐに見上げるが、彼は持って来ていた暗器で周囲を牽制しているため視線は合わない。

 

「和俊君、落ち着いて。誰も裏切ったりしないから、出来ることをしよう。な?」

 

 この状況にあって諦めない様子を見せる彼を見上げつつ、和俊はふっと口元を緩める。だがそれは、気を軽くしたなどの柔らかい感情を示すものではなかった。それが一か八かの賭けに出る時の人間の顔だと気付いたのはアドルフの胡椒弾をまともの食らって咳き込んでいたクレイドだ。同じく胡椒弾の被害を受けたがクレイドほどダメージを受けていないラムダに「止めろ」と叫ぶより早く、和俊はポシェットからアイテムを取り出す。

 

「じゃあお言葉に甘えて、出来ることをしようかな」

 

 彼が取り出したのはふたつのアイテム。ひとつは「軍作成券」というチケット状のアイテムで、もうひとつな「コマンドペン」というペン状のアイテムだ。

 

 軍作成券は待機会場にいる者を2人から5人召集し新規の軍を作るアイテムで、コマンドペンは対象の一人に命令をすることが出来るものだ。ただし、軍の人数が5人を超えていると自軍に下れ、という命令は使用出来ない。

 

 この状態を打破するというには奇妙な組み合わせだと思った者はメインステージにも待機会場にもいた。

 

 だが彼らはすぐに気がつく。

 

 待機会場に、今残っている者たちが誰なのか。その人物たちに、「全員を攻撃しろ」と命じればどうなるか。

 

 改めて和俊を止めるべく同盟三軍が動き出した時にはすでに遅い。和俊は、躊躇いなくアイテムを使用した。

 

 そして次の瞬間、四軍の全てが息を飲む。ある分野においてのみ極端な天才が2人、敵として現れれば最悪の組み合わせとして、木の上に現れた。

 







                             



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