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<2012年秋企画 風吹く宮バトルロイヤル> 

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 ふたりが静かに睨み合う中、別の場所で状況は大きく動いた。激戦の末、クレイドのバルーンがユーリキアによって割られたのだ。しかし一方のユーリキアもギリギリの戦いだったらしく、クレイドが退場した直後消えた彼女のバルーンもまた真っ赤に染まっていた。

 

 それを確認したアニカは強敵を撃破した今なら気が緩んでいるかもしれない、という予測をするのと同時にユーリキアに照準を合わせて間も開けず引き金を引く。

 

 しかし、それが早計であったとアニカはすぐに理解することになった。あろう事か、引き金を引いた瞬間、ユーリキアと目が合ったのだ。見越していたのかユーリキアは、信じられないことに弾丸を手にしたナイフで反らしてアニカに向けて駆け出した。その早さや元の世界で俊足の分類に入るはずのアニカの比にあらず。再度引き金を引くより早く、ユーリキアの姿はアニカの眼前に迫った。

 

 強敵を倒した後は逆にテンションが上がっちゃうタイプなんですよ。大将騎がリタイアしたため先に退場した夫・ヴィンセントは、待機会場でそんなことを笑いながら口にする。

 

 そんなこと知る由もないはずのアニカだったが、現状を前にしたらそれを体感せざるを得なかった。逆に意識が鋭くなるタイプだったのか、と今思っても仕方のない後悔が頭を巡る。

 

 その間にもナイフを引き抜き白兵戦をするべく準備をするまで至ったアニカは、確実に「実力者」の域に入っているだろう。だが相手が悪すぎた。相手は伝説を冠する元ハンター。あのジーンすら瞬殺する女性なのだ。

 

 アニカがナイフを構えるより前に、肉迫したユーリキアは自身の手に納められたアニカのそれより大きく無骨なナイフを彼女に向けて振りぬく。

 

 これでアニカ軍は敗退。誰もがそう思ったが、何故か、アニカの姿はユーリキアの前から消え失せた。アイテムを使った様子もなかったのに、とユーリキアが周囲を見回そうとした時、対象の声が背後から聞こえてくる。

 

「……え?」

 

 しかしそれは、何が起こったか分からない、という困惑の声。ユーリキアが即座に振り向くと、そこには声の通り目をぱちくりさせたアニカが立っていた。

 

 彼女が何かしたわけではないらしい。そう判断して、ユーリキアは再度ナイフを振るう。だがやはりその姿は掻き消えた。再び気配がしたのは、やはりユーリキアの背後。

 

 いったい何が、とアニカもユーリキアも驚愕に包まれる。だが、答えはいとも容易く白日の下にさらされた。

 

「ねー、せっかく逃がしてあげてるんだから撃てば?」

 

 面倒そうにアニカに声をかけてきたのは彼女の肩にマフラーのようにだれたままのガルシアだ。

 

「え、これあんたの力なの?」

「説明面倒だから端折るけど、俺の一族って逃げるのうまいの」

 

 核心だけを口にするとガルシアは尻尾でぺしぺしとアニカの頭を叩いてくる。戦え、ということらしい。「早く終わらせて」と続けて聞こえてきたのでアニカはようやくその意味を理解した。

 

 そして、改めてユーリキアに銃口を向けると、照準を彼女に合わせる。ユーリキアはそれに対応するべく警戒心を強めるが、アニカはその姿に違和感を覚えた。先ほどまでよりも隙が大きい。

 

 何かの策か、と怪しむものの、行動しなければどうしようもない。アニカは腹をくくると引き金を引く。すると、先ほどの洗練な動きが嘘のように、ユーリキアは足に――バルーンは発生したが――その攻撃を受けてしまった。

 

「当たった!?」

 

 命中率に自信はある。だがユーリキア相手ではすぐに当てるのは難しいだろうと覚悟していた身にはそれが不思議で仕方ない。

 

「……そこの猫ちゃん、私に何してるの?」

 

 まるで頭痛を我慢するよう頭に手を当て、ユーリキアは少し顔を歪めて笑った。まだ何かしているのか、とアニカは驚いて視線だけを少し下げる。是を唱えるだけで説明を放棄しようとしているガルシアを指先で弾くと、彼は渋々と説明を始めた。

 

「俺の特殊能力みたいなもの。俺の一族にはねー、干渉力ってのがあるの。俺はいわゆる『やる気』ってのに干渉出来るのね。つまりー、あんたの"やる気"ってのに干渉したわけ。……もういい?」

 

 アニカの頭を再び尻尾で打ち付けてくるガルシア。アニカが礼を述べて顎の辺りを軽く撫でるとごろごろと喉を鳴らして猫らしい様子を見せる。

 

 一方笑っていられないのはユーリキアだ。彼の説明から考えるなら、今彼女を襲っている倦怠感はつまり「やる気の消失」から来るもの。この場合のやる気をイコール「士気」と考えるのならば、これほど厄介な能力はあるまい。一昨年のイベントでは圧倒的な能力差があるともいえる状況の中子組が勝利した。これは、彼らの士気が鬼組を上回った故に起こったことだ。

 

 士気が上がれば能力というのは普段以上に発揮されるもの。逆に士気が下がれば、能力は普段以上に発揮されないものだ。こうして思考している間にも、ユーリキアは立っていることすら億劫になってくる。

 

 早く勝負をつけなくては。意識は急いてナイフを持つ手に込める力を強くしようとする。だが、その意識すら、数秒後には霧散してしまう。そして意識の霧散と共に、アニカのサブストライクが火を噴いた。

 

 次の瞬間ユーリキアの姿はそこから掻き消える。すると、それとほとんど同時にアズハがついに退場となり、さらにエイラとイユの集中砲火を受けたトーキ、その相棒に最後の一太刀を食らったイユが姿を消した。







                             



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