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第2話 「消えた存在」
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 話を聞き終わりハイネルを見送ったイユはなるほどと頷く。つまりレティシアは何かしら事情があって「死んだ」と偽り村を出た。ハイネルもそれを信じていたがある日事実を知ってしまう。そのため消えた幼馴染を探すために調査団に加わりあちこちに足を延ばし捜索していた。そして今日、その面影を残す少女――ティナを見つける。何か関係があるかもとイユも思った。しかしそれはありえない。なぜならティナは現在"16歳"なのだ。行方不明のレティシアと似ている理由を常識的に考えるなら血縁関係しかしないがレティシアは23歳だという。23歳の女性に16歳の子供がいるはずがない。ということは、やはりレティシアとティナは無関係なのだ。
 残念ね、とハイネルを送りだしたイユだが、実は正直なところこれでよかったのではないかとも考えていた。自分が死んだことにしてまで姿を消したのはそうするべき理由があるはずだろう。それをはからずにただ「探すんだ」と口にするのはいかがなものか。
 それにしても、とイユは早々に席をはずしたティナの姿を思い浮かべる。明らかに様子がおかしかった。人違いされたくらいであんなに険悪な態度を取るような娘ではないのに、一体何故か。口元に手を当てて考え込むイユは気付いていない。アズハがその動向を観察していることに。
「あの人といいティナといい、弐の国ってのは平和ボケしてるせいか妙なところで分かんなくなるよなぁ」
 エルマもティナの異様な行動を示唆しているらしい。しかし言い方が悪かったのかイユがむっとした顔をする。
「あぁら。じゃあ参の国出身者のあんたが粗暴なのもお国柄かしらねぇ?」
「……俺も参の国なんだが」
 さりげなく口を挟むアズハ。イユはつんとおとがいを逸らす。
 弐の国、参の国というのは。トランプ騎士団領を囲むようにこの大陸を分ける5つの国の名称だ。それぞれの国には1つ1つ特色があり、壱の国は学問が発展、弐の国は自然が最も多く平和に満ち、参の国は武芸が盛んでありポーカー騎士団の人数が一番多い。四の国は技術が発展しており、伍の国は芸術が栄えておりいつでも流行の発信地である。このうち弐の国は国柄争いを好まぬ平和主義が多い。そのためかトランプ騎士団に弐の国出身者はティナしかいない。
「言ってろよ。オレもう戻るわ。あー、イユ」
「何よ?」
 5段だけの短い階段を下りきって、背中で呼びかけてきたエルマに、イユは腕を組んで問い返す。
「あんま首つっこまねー方がいーんじゃねーの? やっかいそーだし」
「……あんたはもうちょっと人に踏み込んだ方がよくってよ、ボーヤ?」
「冗ー談。オレは余計なことしないの。必要なら向こうから教えてくれんだろ?」
 肩越しに軽く振り返ったエルマの小馬鹿にした目と、イユの冷めた哀れみの視線が二人の中点で交わり火花を散らす。1人で外れたアズハは予想外のところに飛び火した不穏な空気に深く息を吐いた。



     *     *     *


 木々は湖を孕んで静かにそびえる。光を大量に集める南の森もさすがに夕暮れ近くになると薄暗い。ティナは冷ややかな空気の立ち込める湖の傍らで座り込んでいた。覗き込んでいるのは揺れる湖面に映る自分の姿。――"10年前"から変わらない、姿。ティナはふっと自嘲めいた笑いを浮かべる。
「私は『ティナ・レシィ』。『レティシア・ウェルバーグ』は死んだの。5年前に、死んだの。だから『私』を乱さないで――ハイネル……」
 木々の間を駆け抜け細波を起こした風は湖を揺らしてティナの視界を歪ませる。波紋を生じさせた湖面を見つめ続け、ティナは人差し指の側面に噛み付いて過去を思い起こした。



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