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第3話 「『ティナ・レシィ』の誕生」
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 それは『彼女』が9歳の時のこと。行き慣れた森へ、『彼女』はハイネルと共に遊びに行った。そして、そこで出会ってしまった。禍々しい人の業に。『魔者』と呼ばれる存在に――。

 『魔者』。

 それは人類の最大の敵と目される存在の通称。人の醜悪な面から発生する邪気によって誕生する生物のことを指す。滅しても滅しても尽きることのない人の欲。トランプ・ポーカー両騎士団の第一の目的はこの魔者から各国の人々を守ることだ。人同士の争いを鎮圧するために動くことなんて稀中の稀だ。それだけ魔者は数多く存在している。人々に互いに争う暇を与えないほどに。あの時『彼女』が出会ってしまったことだって、決しておかしいことではなかった。けれど『彼女』は、眼前に存在したそれのせいで"つきつけられた真実"に、全てを投げ出した。
 死ぬのも、その魔者の手にかかるのも悪くない。『彼女』はそう思って求めるように両手を広げた。人の形をしながらどこかしらに獣のような様子を持つ魔者は、並んだ鋭い牙をむき『彼女』にそれを衝きたてようとした。『彼女』はそれをどこか他人事のように眺めていた。

『痛い思いをするわけじゃない』

『これは救い』

『私が犯した過ちを、受け入れることが出来る』

『これは、救い』


 生臭い息を顔の前で感じたその時、生を放棄した『彼女』は新たな"罪"と出会う。世界を染めたのは神々しく禍々しい赤の光。次の瞬間魔者はそこにいなかった。代わりにいたのは1人の男。若いくせに、どこか年寄りじみたその男が、『彼女』の前のスペード。当時すでに77という老齢を召しながらも見た目は20代であった先代スペード――セルヴァ・レシィは、『彼女』に手にしていた武器を、スペード専用武器・狼籐を渡した。呆然としていた『彼女』は、魔者に向かって伸ばしたはずの両手に置かれたそれの異常な軽さに、果たして武器としての役割をこなせているのだろうかとやけに冷静に考えていた。セルヴァは『彼女』が普通に狼籐を手にしていることにとても満足そうに笑う。そして、『彼女』の前に座った。

『はじめまして、新たな《スペード》。「"罪"を――咎人」よ』

 その時先代がなんと言ったかはっきり思い出せない。ただ『彼女』は、その日自分がやはり"罪"を犯したことを知った。



 セルヴァは彼女が落ち着くのを待って「《スペード》」について色々と教えた。スペードとは、単にトランプ騎士団の大隊長を指すわけではない。世界で唯一、一方的に魔者を消滅させる力を持つ者のことも指すのだ。《スペード》の資格を持つ者は滅多に生まれない。そのためか、《スペード》の力を受け継いだ者は例外なく年をとらなくなり次代《スペード》が生まれるまで老いることも死ぬこともなくなる。長い歴史の陰、数え切れぬほどの学者が調べてもその原理を明かすことは出来ず、今なお、解明の兆しすらない。人の手で解けることを拒む、それはまるで、人を守るために働く『世界』の強制力。
 そしてその強制力の元に先代《スペード》も、当代《スペード》もまた抗う術を持たないのは同じ。現に、彼女はその力を正式に受け継いだその時からたった1つの年すらとっていない。そう、《スペード》を受け継いだ13歳の時から。



 村では『彼女』の葬式が執り行われ『彼女』の居場所はそこにはなくなる。そして『彼女』はセルヴァに引き取られた。それから4年。『彼女』は「戦える年になった」と判断されてセルヴァから《スペード》の名を引き継いだ。引継ぎと言っても、内容は呆気ないものだ。ただ単に、当代《スペード》の血で次代《スペード》の額に「スペードの紋章」を描く。ただそれだけ。「スペードの紋章」とは、《スペード》が力を使用する時にのみ現れるもので、普段見ることは叶わない。代々の《スペード》の継承者の血で描かれ続けてきたそれは、力の抑制と増幅という相反する二つの役を担っている。正式に《スペード》を引き継いだ彼女は、その日から騎士団のスペードの位に就き、改めて力の制御の練習をするようになった。



 それから5年。『彼女』が彼女に変わる日がやってきた。



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