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第4話 「私はティナ」
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 トランプ騎士団領ジョーカー隊団舎。
 イユはジョーカーの呼び出しを受けて早朝からそこへ訪れていた。その中の謁見室で、ジョーカーは安楽椅子に座ってイユの見解を聞いている。
「――ですから、やはり最近魔者の数が増えてきていると思いますの。現にあたしも3匹斬りましたし、隊の者も合計して5匹斬ったと報告してきましたわ。ここ数年で巡回中に8匹も3日で遭遇することなどありませんでした」
 危機を訴えるイユの言葉にも、ジョーカーは柔和な笑顔を崩さない。時折頷くので話は聞いているらしい。が、イユは少々不安だった。その不安の横で、クレイドと先代ハート――ラムダ・ドレイルが鼻を鳴らしたり腕を組んだりする。
「『残り香』が消えてきたか。……まあ、10年経ちゃあ仕方ねぇな」
「"あの戦い"以降一度も使われていないからな。それに――」
 ラムダはちらりとイユを見る。視線に気付きイユは緊張した面持ちをした。この男は言葉を秘すのが常。大切なことともそうでないことも全て自分の中にとどめて1人で納得してしまう。彼と話をしていてティナを思い出すのは、これほどではなくともティナも似たような面があるからだ。
「ああ。ガキ共め4人揃って"使いこなせてねぇ"。魔者どもにしてみれば恐れる者が一切ない状況だ。そりゃ暴れるだろうぜ」
 盛大に皮肉ってくるクレイドにイユは怒りを覚えるよりも早く疑問を覚えた。一体先代たちは何を言っているのか、先ほどから理解できない言葉が続きすぎだ。そんなイユの戸惑いを理解したのか、ジョーカーは優しく笑いかけてくる。
「イユ、よくお聞き。『ダイヤ』は騎士団設立から数えて、まだお前で3人しかその名を継いでいない」
「はぁ。聞いてますわ」
 自分が明らかにして欲しいことの答えではないが、別口の大切な話と判断してイユはゆっくりと頷く。
「分かるね? ダイヤはそれだけ難しい条件をこなさなくてはいけない。だけど、選ばれた者にとってはなんてことのないことでもあるんだよ。だからね、そのままでいなさい。お前が目を覚ますにはそのままでいるのが一番早い」
 言うと、ジョーカーはゆっくりと目を瞑った。長くまぶたが閉じられるのは謁見の終わりを示す。クレイドが一言断ってからその小さな老いた体を両手で丁寧に持ち上げ部屋を出て行った。まったく歩けないわけではないのだが、ここ数年急に足腰が弱くなってしまったのだ。その後に続こうとしたラムダはドアの向こうに足を一歩踏み出したところでイユを振り返る。更に理解不能に陥っているイユをしばらく黙って眺めていたラムダは、不意に呟いた。
「……ティナに、気を付けろ。鍵を握るのはあの娘だ」
「えっ? あっ、ちょっと待ってくださいラムダさんっ!!」
 いきなり出てきたティナの名に慌てて呼びかけるが、それも虚しく、ラムダは振り返らずに扉の奥に消える。
 ひとり部屋に残されたイユの耳には、キィキィと揺れ軋(きし)む安楽椅子の音だけが響いていた。



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