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第6話 「それぞれの思い」
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「最近ね、夢を見るんだよ」
 今にも眠りに落ちてしまいそうな表情で、ジョーカーは安楽椅子を揺らす。一方のティナは、告げられた言葉に首を傾げていた。安眠できているようで喜ばしいことだが、それをわざわざ告げられる意味が分からなかった。返答に窮していると、ジョーカーが更に言葉を続ける。
「女の子が出てくるんだよ。今のティナの見た目の年くらいの子だ」
「はぁ」
 それがどうしたというのだろうか。わざわざ呼び出しておいて夢の話しかしない好々爺にティナは肩の力が抜けてしまった。
「ティナと同じ紫の髪と目をしていてね、その子は何故かいつも泣いているんだよ。何がそんなに悲しいのか、何度も聞いているんだけど答えてくれなくてね……。絶望に囚われてしまっているようなんだよ」
 そう言ってジョーカーは優しく微笑んだ。しかしその温かな笑みを受けたティナは怒りとも悲しみとも取れる表情を浮かべる。ここで話をやめてくれればまだティナも救われたかもしれないのに、ジョーカーはまるで気付いていないように続けた。
「なぁティナや? もしその子に会うことがあったなら、どうしたのか聞いてあげておくれ。もしかしたら、1人が寂しいのかもしれないからねぇ」
 憎みがたい柔和な笑みを浮かべるジョーカーから、ティナは顔を逸らす。
「……お話はそれだけですね? なら、失礼します」
 言下に扉に向かって歩き出すティナに、ジョーカーは気をつけてお帰りと声をかけて笑顔を向ける。それを真正面から見られない後ろめたさを感じながらティナは外へ出た。後ろ手に戸を閉める途中、それが軋む音に隠れてジョーカーが最後に言葉を贈ってくる。
「太陽は生ける者皆に平等に降り注ぐもの。仲間はずれはいないんだよ」
 わけが分からない。ここに来てから何度も思った、本日最低の気分で生じたそれに思考を支配されながら、ティナはすっかり暗くなった世界に歩き出した。閉められた扉は再度開くことなくティナを見送る。



 しばらく歩いたティナは、やがて歩を重ねるごとに苛立ちが同様に重なっているのを感じ取った。落ち着こうと思えば、今度はそれが怒りを増長させる。不意に立ち止まると、ティナは道の傍らに設置されている木の柵を乱暴に蹴りつけた。不愉快そうに顔を歪め、奥歯を噛み締める。


  またあんたなのレティシア……!?

  またそうやって見せ付けるの?

  「周りから求められてるのは自分だ」って。

  またそうやって見せ付けるの?

  「大切な人たちの記憶の中にいるのは自分だ」って。



 狼籐も、ジョーカーも、セルヴァも、皆レティシアしか見ていない。傍らにいるのはいつも『彼女』。呼びかけているのはいつも『彼女』の名前。
「〜〜っあんたなんて大嫌いよレティシア……っ!! お願いだから私の居場所を取らないでよ。これ以上――っ!!」

  これ以上、惨めな気持ちにさせないで――っ!!

 言葉に出来ない思いを胸の中で告げた時、大粒の涙が零れ落ちる。ティナはそれを拭いその場を駆け去った。
 ややあって、その姿があった場所に闇が凝縮し段々と形を成していく。影はそれほど長い時をかけずに確たる形を作り上げた。月明かりに浮かんだ人ならざるもののシルエットは、瞬きをするほどのわずかな間にその場から消え去った。
 最後の最後まで残されたのは、禍々しいまでの悪意の残り香。





 クラブ隊専用団舎にて。この建物の主である若いクラブは古い木の丸皿を手にあちこちを歩き回っていた。探しているのは最近自分の団舎に迷い込んできた子狐。折角夕飯の残りを貰ってきてやったというのに、受け取るべき獣はいくら呼んでも姿を現さない。呼べばやってくるほど懐いていたというわけではないので出てこなくとも何の疑問もないのだが、やはり少々寂しい気もした。しばらく餌を持って徘徊していたエルマも、団舎を一周する頃には諦めた――というか、飽きが来たらしい。適当に分かりやすい所に丸皿を置いて早々に中へと引き上げる。
 その背中を見て笑う赤い目に、どうやら彼は気付いていないようだった。



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