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第1話 「最高(さいあく)の再会」 4
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 やや疲れてはいるが綺麗な声が口を挟む。ティナはぱっと顔を晴れさせエルマは露骨に嫌そうな顔をし、クレイドは「よお」と軽くその人物に声をかける。三者三様の反応に楽しそうに笑って、紅梅(こうばい)色の長髪の騎士は乗っていた馬を下りた。その際側についていた配下たちに先に戻るようにと指示を出すのも忘れない。その手にあるのはダイヤの刃の付いた鉄の棒――紅雪。胸にはダイヤの紋章。この美麗の容貌を持った騎士こそ、隊長位のひとつ「ダイヤ」の名を冠する者だ。
「イユ、お帰り!」
 ティナが立ち上がり傍らに早足で駆け寄ると、紅梅色の髪の騎士――イユは柔らかい笑顔をしてその小さな身体を覆いかぶさるように抱き締めた。身長が152センチしかないティナは180センチもあるイユにとっては小動物が如きだ。
「ただいまティナァ。んー、3日振りねー。あーん可愛いわぁ」
 ぎゅうぅっと抱き締めてくるイユにティナも身を任せて嬉しそうに満面の笑顔をしている。その2人を、エルマが引き離す。つまらなそうに唇を尖らせ不満そうに自分の名を呼んでくる隊長仲間2人を――正しくはイユだけを――エルマはキッと睨みつけた。
「あんた"けーはく"だイユ。男なんだからティナにべたべた抱きつくなよ。こんなペッタンでも一応女の子なんだぞ――イテッ!?」
 言葉の後半エルマが身をよじる。その腰の辺りを眉尻を上げたティナが思い切り抓っているのだ。
「なんだよティナ! 俺はお前のために――」
「うるさいバカエルマッ!! 女の子に向かってペッタン言うなっ」
「ヲホホホホ、まだまだガキねぇ、エ・ル・マ」
 しならせた手首を口元に当てて高笑いする"彼"――イユ・キクラ。少々(?)変わっているが、れっきとした男で、正式な隊長「ダイヤ」だ。
「あたしは純粋にティナのこと可愛いだけよ。ティナも嫌がってないんだからいーじゃないの。ねー?」
「ねー。あ、ねぇイユ。後でいいからさ、なんか聴かせて?」
 ねだる瞳にイユは笑顔を返した。
「いいわよー。フルートでいいかしら?」
「うんうん。最高!」
 おねだり成功にティナは満面の笑みを浮かべる。
 彼は無骨者の多い騎士団の一員にしては教養があり、音楽への造詣も深い。中でもフルートの演奏はティナの知る中では一番上手いと思われる。そんな彼の演奏がティナは大好きなのだ。ここ数日我慢していたのだが、帰ってきたのなら遠慮はない。笑いあって身を寄せ合う2人に、思い切り仲間外れを食らったエルマは少し頬を膨らませて腕を組む。
「むくれんなってボーヤ。よしよし俺が構ってやるよ」
 そのエルマを後ろに引いたのはクレイドだった。幼い子供のように胸の中に収められてしまったエルマはむきになってそこから逃れようと暴れる。しかし、暴れられると逆に力を込めて逃れられないようにしたくなる天邪鬼な性分のクレイドには逆効果だった。余計に締め付けられ暴れることすら出来なくなってしまったエルマをよそに、クレイドはイユに目を向け、鼻をひくつかせる。
「――イユ、"何匹"だ?」
 軽口で、しかし妙な重みのある言葉に、その場に一気に緊張が走る。しばしの沈黙。ややあって、イユが硬い微笑を浮かべた。
「――3匹ですわ、クレイドさん」
 イユの答えにクレイドはそうかと頷きエルマを放すと、先に戻ると一言残してさっさとその場を去ってしまう。その背を見送るティナの鼻には今、根性曲がりの微風のせいである臭いが嫌になるほどはっきり届いていた。先ほど抱きしめられた時に気付いた。消そうとしても簡単には消せない臭い。隣に立つイユから漂ってくる――血の匂いが――。
「お前達」
 馬のひづめの音に隠れえながら聞こえたのはアズハの声だ。やがて間近に来た大柄なアズハは、馬上の人であることも加わりひとつの山のようにティナたちに陰を落とした。逆光でよく見えない双眸が自分を見つめている気がして、ティナは眉をひそめる。
「どうしたのアズハ?」
 高い場所にあるアズハの顔を細めた眼差しだけで見上げてイユが尋ねる。アズハは答えるより早く馬から下りた。
「すぐに中央団舎へ行け。例の弐の国の調査団が今日の午後にもこちらに来るらしい」
「え――」
 その言葉に顔を上げたティナはさっと青くなる。その内情を知りながらもアズハはなお冷静にティナの目を真正面から見据えていた。
「えー? そいつら来るの明後日じゃなかったのかよ」
 それに気付かないエルマが純粋に疑問を口にする。
「予定が早まったらしい。――心の準備は出来てないだろうが、もう中央で待機しておかなくてはならん」
 ここに来てからの彼の言葉は全てティナに向けられている。ティナはそう思った。彼は案じているのだ。総隊長ティナは大丈夫なのか、と。与えられた5日間という猶予ですらティナの心を落ち着かせる役に立たつのと危ぶんでいたのに、その期間が更に減った。彼の心配ももっともだ。
「やぁだ! 心の準備どころか体の準備も出来てないわよ。あたし今帰ってきたばっかりなのよ? 汗まみれだし泥だらけだしぃ。あー、こうしちゃらんないわっ! あたしシャワー浴びてからそっち行くから。じゃっ!!」
 言下に馬に飛び乗り駆け出すイユを3人は多少呆然として見送った。
「何焦ってんだか――って、俺も汗と泥だらけだし、俺もシャワー浴びてから行くわ。先行ってて」
 先のイユ同様馬に飛び乗り去って行くエルマを見送ると、残ったのはティナとアズハ。気まずい沈黙が走る。しばらく黙り続けたアズハだが、ティナが本格的に青ざめ人差し指の側面を噛み始めるとようやく口を開く。それは彼女の苛ついた時の仕草だ。
「……耐えられるか? 『レティシア』」
 その呼びかけに、『ティナ』は目を見開いてアズハの首元に狼籐の刃を突きつける。
「その名で私を呼ぶなっ!!」
 凄まじい剣幕で、真っ青な顔で叫んだティナの声が静寂の中で響く。
 声の残滓すら姿を消したあとでも、2人の間に言葉はなく、しかし同時に殺意もなかった。あるのは、恐ろしいまでに空虚な時間だけ――。


 

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