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第7話 「嵐の前の不協和音」 4
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 先のことをアズハが護衛に出る前に知らせようと結局最後まで老騎士と共にやってきたティナは、平時の制服のみの彼に目を瞬(しばた)かせた。

「どうしたのアズハ、今日護衛でしょ?」

 歩み寄り見上げたアズハは少しだけ眉をひそめる。

「――何しに来た?」

 突き放すような言葉にティナは違和感を覚えながらも先ほどのことを伝えた。すると、てっきり心配すると思ったアズハはイラついているように頭を掻いて不満を露にする。

「スペードが魔者を見逃してどうする。寝ぼけていたのか?」

 昔なじみの見慣れぬ不機嫌な様子にさすがのティナも怯んだ。

「アズハ……? 何、どうしたの? なんか怒ってない?」

 いぶかしむようにその顔を覗き込むと、アズハはふいと顔を背ける。

「――気のせいだ。さっきの質問だが、今日は教会から洗礼の終わった武器が戻されるからそれの監督をする。だから行けないんだ。一応メンバーにはAとK(キング)、それに2から5で組ませたからよほどのことがなければ平気だろう」

 教会、と言われて、ティナは東の方角に視線をやった。彼方に見えるクラブ団舎のすぐ近く、一際異彩な存在感を放つ建物がある。高々と掲げられた十字架が日の光をまばゆく反射させていた。あそこは騎士団の団員達の懺悔を受け入れてもらうための場所であり、騎士たちの使用する武器に洗礼を与える場所でもある。人の闇である魔者を相手取るのに肝心の騎士たちが穢れていてはいけない、と言う理由だ。

 長々とした説法は嫌いだが用事が違うのなら教会に行くこと自体はそうでもないティナが自分を指差して振り返った。しかし。

「来なくていい」

 言葉を放つよりも早くに拒否されてティナはむっとした顔をする。

「何で?」

 不愉快そうに眉根を寄せたティナに、アズハも悪いと思ったのか咳払いをひとつした。

「以前お前に任せたら搬送内容を見事に間違えてくれたからな。あの後団全体が大混乱に陥ったのを忘れたか?」

「うっ。そ、そんな昔のことを……」

 昔と言ってもたかが半年前のことだが。

「と言うわけでダメだ。暇なら稽古でもしていろ」

 言い捨てると傍らに待機させていた馬に飛び乗りアズハは疾風はやての如く駆け去ってしまった。それを見送り、ティナは深い息を吐く。やっぱり怒っているではないか、と。馬の蹄ひづめの音を契機に、調査団もまた出発していた。







 出立した調査団の内から一対の視線がティナに注がれている。それに気付かない彼女を、視線の主であるハイネルは悲しみと怒り、そして虚無の混じった双眸で見つめ続ける。彼女は気付いていない。ハイネルが彼女に"気付いている"ことを。

 ハイネルは思った。

 もしも彼女に自分が「知っている」ことを告げたら、それでもなおあの時の言葉を繰り返し、無駄と嗤わらうのかと。

 もしそうならば諦めよう。

 そう決意して前を向き直ったハイネルの心には、かつてないほどの空虚が渦巻いていた。

 このままでいることが耐えられないからこそ告げる真実。

 しかしハイネルは、"彼女"にこそ、真実を告げて欲しかった。

 "彼女"がどういうつもりで口を閉ざしているかは知らない。もしかしたらそこにはハイネルには考えることの出来ない事情があるのかもしれない。だがそれで片付けられるほどハイネルの13年間は軽くないし、ハイネル自身も「仕方ないんだ」と諦められるほど聖人君子ではいられない。

 結局ただ自己のために動いているに過ぎないのかもしれないが、それでもこのまま腐るように終わるよりマシだ。

 全ては今日の調査が終わったら。必ず話をしよう。決して逃げられないように。話を付けられれば、この思いも終わるはず。怒りも、悲しみも、悔しさも、失望も。全てに終止符を打てるだろう。

 だから今だけは、静かに耐えて時を待とう。

 ハイネルは深い呼吸を数度繰り返し、足取りを改め団体に遅れないように努めた。


 

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