第9話 「内憂外患」 1
無事に救い出された直後、ティナを最初に叱りつけてきたのはなんとともに戦線に立ったエルマだった。
「何考えてんだよお前っ。あんなところで武器落とすなんてに死にたかったのか!?」
喧々とわめきたてるエルマにティナは苛立ちを募らせていく。こんなくだらない説教をされなくともあれが危険な状況であることなど分かっている。助けてくれたのには感謝するが、その原因は自分のせいではない。狼藤が急に重くなったからだ。今はこの由々しき事態について考えなくてはいけないというのに、この少年は何度同じことを繰り返すつもりなのだろう。
ああ――――。
「おい聞いてんのかよ?」
不機嫌に尋ねてくるエルマをティナは憎悪にも近い無遠慮な害意をこめて強く睨む。
「能天気のお気楽坊や」
――――鬱陶しい。
「なっ――!」
カッと眦を決するエルマをティナは怯まずに睨み続けた。
「エルマなんて何も知らないくせに! 武器にもろくに認められてないような子供がうるさいんだよっ」
「なんだとこの……っ!!」
ティナに向かって振り上げた手を、横からイユがひねり上げる。
「おやめ。女の子に手を上げる気?」
かなり弱くしたようでエルマは痛みを口にしないが不快を訴えた。
「今のはティナが悪いだろ! なんだよ、オレは心配して言ったんだぞ!?」
「分かってるわよ。でも今は他にすることがあるでしょ?」
他にすること、と言われてエルマは素直に何のことかと考えた。しかし一体なんなのかさっぱり分からない。仕方なく目で何のことを言っているのか尋ねると、その手を放しイユは鮮やかに笑う。
「魔者から助け出された配下たちに声をかけてあげないの? せっかく"13人"とも無事なのに」
途中強調された人数に、エルマとティナが同時にイユの顔をまじまじと見つめた。イヤン照れちゃう、などとひとふざけ入れてから、イユはウインクでその視線に応える。
「Qも無事よ。無事、とは言いがたい瀕死の状態だけど、生きてるわ。多分後で食べようとしたんじゃないかしら。茂みに隠されてたわ」
死を告げられた隊員の生存確認に、エルマは驚愕と嬉しさが入り混じった表情をする。
「ほんとかよ! じゃあ、何であんなこと――」
思い出されるのは先ほど倒した魔者が哄笑とともによこした彼の死を告げる言葉。首を傾げるエルマに、イユもまた首を傾げる。
「さぁ……? 動揺させたかったんじゃないかしら。目論見外れて逆にあんたたちのこと怒らせちゃったみたいだけどね。ほら、分かったらあんたは行ってきなさいエルマ。すぐにまた出陣だから」
犬を追い払うような仕草をするイユに、エルマは厳しく目を細めた。見ればティナも同様の表情をしている。「出陣」、の意味がうまく取れないらしい。そうと見て、説明を始めたのはアズハだった。
「ジョーカー総隊長からのお達しだ。"北の森"に大量の魔者が確認されたらしい。即日全隊出陣せよとのことだ」
冷淡とも取れる声に言葉を失ったのは何もティナだけではない。だが、復活するのはティナの方が早かった。
「そんなっ、北の森って言ったら、だって――っ!!」
大声を出しかけたティナをアズハが厳しい目で諌める。
「黙れ。元々探知は誰の仕事だ」
突き放す言葉にティナは目を見開き呆然とアズハを見つめる。しかしアズハはふいと視線をそらしてしまった。一瞬ティナは今にも泣き出しそうな顔をするがすぐに顔を伏せ精一杯耐える。何とも言えない沈黙にエルマが最初に耐え切れなくなって場を辞した。次いでアズハも踵を返して歩き出し、直後、ティナに声をかける。ティナは名を呼ばれるだけでも救われる思いで顔を上げるが、背中越しに投げ渡された言葉はあまりにも冷たかった。
「初代から受け継いだのは名前だけか? 形だけならいる必要はないぞ」
「アズハッッ!!」
あまりに心無い台詞にイユが声を荒げる。少し沈黙して、アズハはそのまま振り返らずに去って行ってしまった。イユが再度彼の名を呼び制止を呼びかけるが止まる様子すら見せない。後を追おうとしたイユは気付いたように振り返り、呆然としているティナの頬を軽く叩いた。ペチという音しかしないそれに、しかしティナはかなりの衝撃を受ける。イユは信じられないと言いたげに自分を見てくるティナに視線を合わせ、真剣に彼女を見据えた。
「ティナ、さっきのはあんたが悪いわ。どんな言い方でもエルマは本気であんたのことを心配してた。それを跳ね返しちゃ、あいつだって腹立てるわよ。分かるわね?」
優しい問いかけ。それでもティナは答えない。硬く唇を引き結び、眉根を寄せる彼女に、イユは苦笑して1時間後に出発であることを告げ、その場を後にする。
ひとり残されたティナは、左手を口元に当て血が滲むほど強く噛み付いた。