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第9話 「内憂外患」 2
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 自分の団舎で、ジョーカーは輝きを失った鵠風を見て息を吐いた。この武器は《スペード》の力に狼籐以上に反応するもので、殺傷性はないが代わりにジョーカーの持つべき知恵の全てを与え、またジョーカーの望むまま望む知識を誰かに与えてくれる。刃の代わりについている大きな球体は本来内から淡い赤の光を発するのだがこのところその光は徐々に弱まってきており、つい先ほど、それすら消えた。その瞬間鵠風はジョーカーの手から零れ落ちることを選んだのだ。今、安楽椅子に座るジョーカーにそれは持てない。

「――参ったね、このままだと本当に魔者にこの地が支配されてしまう」

 人の手で魔者を倒すことは確かに可能だ。しかしそれも一時的なこと。人はつまり欲の塊。魔者を滅そうと考えることだってすでに「欲」だ。魔者はその欲を吸い取りまた現れる。唯一力を用いず完全に魔者を滅することが出来る方法は、その魔者を発生させた「欲」を完全に消すこと。だが、人間の欲がそう簡単になくなるはずがなく、生きたままそれを実行した例は極めて稀だ。人の手で滅せられる以外に消えるのは、一部例外を除けば欲の主がこの世を去った時が最も多い理由だろう。キリのない連鎖を、はっきりと断ち切れるのは《スペード》の力だけ。あの力にかかると力を向けられた直接の対象は永劫再発生することはなく、またその他の魔者も"力の残り香"に押されて発生できなくなるのだ。

 最後に《スペード》の力が世界に放たれたのは10年前、押し寄せてきた魔者の大群を先代セルヴァが一度に滅した時のことだ。最後の力の放出であったためかその後は魔者の数は極端に減った。しかし最近また魔者が出没し始めている。しかも、最後に鵠風が教えてくれた「知恵」だと、北の森に魔者が集結しているという。しかもその筆頭は10年前に大軍を率いていながら、結局取り逃がしてしまった、"あの"――。

 ジョーカーは困憊にまた息を吐いた。顔の皺が一段と深くなっている。精神的な疲労はもちろん、肉体的な支えがなくなってしまったためだ。《スペード》の力を鵠風で変換し自身の生体能力と変えていたジョーカーは、鵠風同様にこの数年動きが鈍くなり、先ほどついに動かなくなってしまった自身の足を皺の目立つ手で撫でる。

「セルヴァ。お前の孫娘はとんでもない勘違いをしているよ。あの力は"あの子"のものではないということを、忘れている」

 安楽椅子に座ったまま、ジョーカーは傍らの大きな窓越しに空を見上げた。あんなに晴れていたのに今はすっかり曇天になってしまっている。ジョーカーはそこに現《スペード》の心を見た気がした。





 

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