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終話 「私は私」 3
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 全てを語り終えると、ティナは顔を歪めて俯いた。誰も何も言えずにいる中で、ハイネルは持ってきていた手荷物の口を開き、中を探る。ややあって、日に焼けたものから真っ白なものまである手紙の束を差し出した。ティナが目を瞬かせると、ハイネルは優しく笑いかける。

「君への手紙だよレティシア。10歳の時からずっと何か伝えたいことが出来たら君に渡すつもりで書いてたんだ。たとえば森林調査団に入ったよとか、色々な所に行くようになったんだよとか、旅の先々で君のことを聞いて回ってるんだよとか。今回もしかしたら君に会えるかもしれないって思って全部持ってきちゃったんだ」

 柔らかい物腰で言葉を紡ぐハイネル。ティナは双眸にうっすらと涙を浮かべている。

「これは数ヶ月前なんだけどね、四の国のポーカー騎士団のおじいさんに話を聞いたら、よく似た子を知っているって言われたんだ」

 あの時過去トランプ騎士団に所属していたという老人に出会ったこと。それが、終わりの見えない目的のゴールとなるなど、あの時のハイネルは思っていなかった。

「その子の名前はティナ・レシィ。トランプ騎士団の大隊長なんて高位についてるんだ、って。でもね、それだけならまだそうなんだとしか思わなかったよ? だって君は僕と同じ23歳なんだから、16歳の女の子のはずがないもんね。でもその人は《スペード》についてもう1つ教えてくれたんだ。それを聞いて、僕はもしかしたらって思うようになって、初日に絶叫する君を見て確信したんだ」

 初日の光景を思い出しクスッと笑うハイネルにティナは赤くなっていいのか青くなっていいのか反応に困らされてしまった。

「――《スペード》は年をとらなくなるって、聞いたんだ。力を受け継いだその時の姿のままだったり実年齢より若かったりするんだって。だから僕は、無理を言って今回の調査に参加させてもらったんだ」

 君かどうか確かめるために。そう締めくくって、ハイネルは口を閉ざす。ティナはその彼を見つめて心の中で自分を罵倒した。自分にはどうして彼の100分の1の優しさや観察力がないのか。全く嘆かわしい。もう少しマシだったら、こんな苦しい思い誰にもさせなかったのに。そう思いはじめるときりがない。ティナは自己嫌悪に沈みだして――ねこだましよろしくハイネルが鼻先で手を打った高い音にハッと正気に戻る。最初に出会ったのはハイネルの笑顔。

「もう怒ってないよレティシア。君は素直に話してくれたし、嬉しかったって言ってくれたじゃないか。それで十分だよ。それに、遠回りした分僕も君もたくさん経験を積んだだろう? 別に収穫無しじゃないんだからいいじゃない。ね?」

 あくまで優しいハイネルに、ティナは唇を尖らせてでもと小さく反論する。ハイネルは少しだけ考えてから手を叩き、一番新しい手紙をティナに差し出した。

「いつも簡単に参加できる調査団に無理しなくちゃ入れなかった理由。参加してくれたら許してあげるよ」

 にっこり笑ってそう言ったハイネルに、ティナは手紙を開いてざっと目を通す。途中、えっ、と大声を出して笑みをこぼすと、無意識に口元に手を当てて更に読み進めていった。そのたびに笑顔が深まる。そして最後まで行くと、ぱっと顔を上げた。

「行くっ! 絶っっ対行くからねっ!! ルーアンにも行くって言っといてね!!」

 嬉しそうにそう言うとティナはまた手紙に目を落とす。

「なぁに? 何書いてあるの?」

 顔の横からひょいと覗き込んでくるイユに、ティナは「ここ、ここ」とある一点を指差した。そこを読んで、イユは先のティナと同じ反応を示す。

「んまぁ、ハイネルちゃん結婚するのね! 同じ村の方? そうなのー。あらー、あたしも行きたいわぁ」

「あ、でしたらぜひいらしてください。あまり大したものではないかと思いますが……」

 照れ照れと頭を掻くハイネルにエルマも驚いた様子で声をかける。青年2人が話し始めたので、イユとティナは乙女同士(?)で話し出した。アズハたち4人は少々蚊帳の外状態だ。

「ねーぇティナ、今度一緒にお洋服買いに行きましょうよ。せっかくの結婚式だもの。おしゃれしなくちゃ」

「あー、いいかも。23歳までなら見た目変化出来るみたいだし、いっぱいおしゃれできるよね」

「その前に怪我を治せ。治らなかったら外出禁止だぞ」

 ふわふわした空気をスパッと一刀両断したアズハにティナたちは恨みがましい視線を送るが当人は全く堪えてない様子だ。しかし、彼の方が正論なのだからティナたちは文句も言えないが。




 

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