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終話 「私は私」 2
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「おかしなことじゃないのよ」

 言ったとおり持ってきてくれたサイズの合う服を着終わって隊長各位と先代2人を招き入れたティナの髪を梳きながら、イユはそうあっさり言ってのける。そうなのかと聞き返したティナにイユは分かりやすくその理由を教えてくれた。

「この間《スペード》のこと調べていた時に一緒に知ったんだけどね、《スペード》って重ねた年齢なら自由に見た目を変えられるんですって。ティナ、大きくなりたいとか考えなかった?」

 それは何度となく思ってきたことだ。あの小さな体のせいで一体何度悔しい思いをしてきたことか。どうやら《スペード》の力が目覚めたのでその特性も動き出したらしい。納得するティナの視界は鏡の中でお団子髪になっている自分を映している。ちなみに先ほどまではツインテールだった。

「それにしても《スペード》ってホント訳分かんねーなぁ。昨日帰ってくっとき聞いたのにまだ理解できねーや」

 持ち込んだ椅子に座って息を吐いたエルマにクレイドはあくびを噛み殺す。

「そりゃ無理だ」

「んだとぉ!!」

「わーめーくーな。別にオメーだからってわけじゃねぇっての。《スペード》が複雑怪奇なのは昔から変わんねーんだよ。分かるか? 問題が難しすぎるからサルじゃなくても分からないってかばってやってるんだぞ俺は」

 飄々と言ってのけられエルマは腕を組みそれならともう気にしようとしない。遠回しにサル呼ばわりされたのだが気付いていないようだ。

 彼が《スペード》やあの力は何かと尋ねてきたのは昨日の凱旋の途中だった。それで素直に話してみれば何で今まで黙ってたと怒られる羽目になる。正直不条理だと思わないわけでもなかったが、彼にとっては仲間外れ(こちらは狙ったわけではないのだが)を食らったようで腹が立ったのだろう。先代クラブは甘えるなと一蹴していたが、それを悔しく思うエルマの気持ちも分かるのでティナは何も言わなかった。

「はいおしまい。――さてティナ、もうひとつあるし、もう1人いるわよね。話さなくちゃいけないことと、話さなくちゃいけない人」

 ティナはそっと頷く。するとそれを確かめてイユが扉に向かって彼の名を呼んだ。まさかすでに来ていたとはと、ティナは改めてイユの手際のよさに感嘆する。ゆっくりと扉が開かれ、顔を見せたハイネル。部屋に入った彼は子犬のように怯えた目でティナを見つめて立ち尽くす。ティナはその彼に笑いかけた。――レティシアとして。

「――久、しぶり、ハイネル。今まで、本当にごめんね」

 言いたいことがありすぎて頭がぐるぐるする。ティナはアズハに背中を押されてすぐ前まで来たハイネルの手を取った。心労にやつれた顔を、それでも優しい双眸を見つめる。どうしようもない罪悪感が胸を刺してきた。このぬくもりを自分はあんなにもあっさり切り捨てようとしたのだと今さらながら後悔する。

「〜〜っ、ごめん、本当にごめん。本当は嬉しかったよ。ハイネルが忘れずにいてくれて。探しに来てくれて。でも絶対名乗り上げられなかったし、これ以上辛い思いして歩き回って欲しくなかったの。――それに、私ハイネルにもすっごく劣等感持ってたの」

「――劣等感? 君が、僕なんかに?」

 予想外の言葉にハイネルは信じられないと言いたげな表情で視線を合わせてきた。ティナはそれを真正面から見返しゆっくりと頷く。

「9歳の時、森で襲われたでしょ? アレ、私が生んだ魔者だったのよ」

 自分は、小さい頃から本当に劣等感のカタマリだった。取り柄と言えば元気なことくらいで、勉強も村の手伝いも、そういうことが得意だったハイネルは大好きな幼馴染であると同時に大キライな相手でもあったのだ。そして本人は謙遜を絵にしたような人物だったのでますます皆に愛される。それが悔しくて、憎らしくて仕方なかった。汚い思いが消せずにどんどん心にたまっていった。そんなある日、ちょっといじめてやろうと彼を森に置いてくるつもりでティナは彼を森に誘った。そして、その汚れた思いが凝り固まった、それは新たな魔者として生まれた。

 その時、ティナはようやく自分の罪を悟ったのだ。赤い血溜りを新たに作り出している幼馴染に後悔した。自分のせいだと。そう思うと、ティナはそれに向かって手を伸ばしていた。全てを、受け入れるために。

 しかし結果、ティナは狼籐の導きにより遠征に来ていたセルヴァに救われ《スペード》を受け継いだ。

 魔者という名の闇に伸ばした手は《スペード》の用いるヒトを救いたる赤い光を掴み、祖父に向けた双眸は《スペード》が背負う業を映した。手にした希望は魔者を滅する力。手にした絶望は全てを過去に残し半永久的に生きなければならない生命。その2つを内包した1本の武器、狼籐。

 それがティナを《スペード》に導く始まりの瞬間。




 

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