終話 「私は私」 1
体中が痛い。
大戦から一夜明けて自分のベッドで熟睡していたティナは寝返りを打った瞬間体中――特に腹部に走った痛みに飛び起きる。その拍子に、長い髪がパサリと顔にかかってきた。おかしい。こんなに長かっただろうか。ぼんやり考えながらティナは髪をかき上げ、気付く。服を着ていない。おかしいおかしい。ちゃんと着て寝た。間違いなく。
いぶかしみながらよくよく周囲を見れば手首の辺りに中途半端な長さで袖が残っている。端は破れたようにビリビリだ。首をめぐらせればベッドと自分の間に夕べ来たパジャマの残骸があった。それを拾い上げようとしてティナはまた気付く。
(……なんかこう、ふくらみが凄く増してる気がする……?)
目を向けながら手で触れたのは露になった自分の胸。相変わらずささやかではあるが、それでも今までのよりずっと大きくなっている。数回瞬いたティナは、掛け布を肩からマントのように被ると痛む体に無理をさせてベッドを降りた。視線が高い気がする、と思いながら壁にかけてある鏡の前に立ち、そして――――――――悲鳴を上げる。
「うええええええええぇぇぇっっっ!?」
訂正。奇声を上げる。
それでも異常と見て多くの足音がティナの部屋に駆けつけてきた。
「ティナッ!?」
「どうしたの!?」
「傷痛んだだけなら怒るぞ。俺も痛ぇからッ!!」
「だったらご自分の団舎でも行ってろよボーヤ」
「……それなら他もだ」
「ほっほっほ。ティナは慕われているね」
がやがやと騒がしく飛び込んできたのは隊長4人と前隊長2人。それと後方に比較的軽傷だった騎士たちがちらほらと。彼らは部屋に入ると、それぞれ違った、しかし大体同じ反応を示した。引きつった顔で鏡の前に立って自分達を振り返るのは年の頃18かそこらのうら若き少女。紫の長い髪を背に垂らし、ようやく足の付け根を隠す程度しかない布だけを身に付けて戸惑った双眸とあどけない顔を向けてくる。
男(ヤロー)しかいない禁欲的な環境の中に長い間いた者達には若い女性の露になったももや首筋、鏡越しに見える胸元は刺激が強かったらしい。真っ赤になっている者もいればまじまじと見てくる者もいる。ちなみにエルマは前者。アズハは目元を手で隠し顔を背けており、クレイドは余裕シャクシャクで口笛を吹いていた。ラムダにいたっては無関心で、ジョーカーはおやおやと笑って動揺の色は微塵もない。その中で、唯一違う反応をしたのはイユだった。イユはまぁまと声を立てると群がる男どもを一気に蹴りだしさっさと扉を閉めようとした。そして、閉まりきる直前、軽く振り返る。
「今サイズ合いそうな服持って来たげるから鍵かけて待ってなさい。あたしが来るまで開けちゃ駄目よ。ああもう、こういう時他に女の子がいないと不便よね。ふふ、それにしてもあんたが成長した時用に作っておいた服役に立ちそうでよかったわー」
スキップしだしそうなほど上機嫌に出て行くイユの、その変化のない反応が嬉しかった。自分より早くこの変化に対応してくれる人がいるのは存外に心強い。ティナは言われたとおり鍵を閉めようと歩き出し、鏡を振り返る。鏡に映るのは昨日までのティナではない。そこに映るのは普通の娘として生きていれば5、6年前に鏡の前で見ることが出来たであろう「レティシア」の姿。
ティナは、成長していた。