第15話 「《スペード》の目覚め」 4
一言一言噛み締めるように口にしながらティナはジャズベリンが後退るたびに一歩一歩追い詰めて行った。
「今だから、使える」
今まで力を使えなかった理由。それは、その持ち主を拒否し続けたから。ティナは勘違いしていた。《スペード》は自分の力であると。しかしそれは大きな間違いなのだ。《スペード》は本来「ティナ」に与えられた力ではない。
《スペード》とは、本来「レティシア」に与えられた力。
力の持ち主を拒否すればどんな力だろうと使えようはずがない。皆、それを教えようとしてくれたのだ。狼籐がレティシアのイメージを送ってきたのは、ティナを責めたかったわけではない。レティシアが何度も出てきたのは、ティナをあてこすってきたわけではない。ジョーカーが夢の話をしたのは、ティナを否定したわけではない。皆、ティナに自覚を促していたのだ。それなのにティナはひねくれてその全てに耳を塞いできた。しかしあの暗闇で、ティナはようやく知った。レティシアを拒絶する必要などどこにもなかったと。なぜなら彼女は――。
ティナは大きく息を吸うと、高らかにのたまう。
「私はティナ・レシィ。私はレティシア・ウェルバーグ! 今の《スペード》だっっ!!」
――彼女は、ティナだったから。ずっとレティシアが言い続けた言葉がよみがえる。
『私は、あなた』
それは簡素で、しかし一番の真実でもある答え。そう、答えなんて簡単だった。レティシアはティナで、ティナはレティシアなのだ。他に答えようがない。別の人間であるはずがなかった。少し、強くなろうと決めて名前を変えただけ。口調を、生き方を、少し変えただけ。ただそれだけ。それでもティナはレティシア。レティシアはティナ。迷うことはない。ティナとレティシアが完全に重なり合った今、恐れるものなど何もない。
ティナの額から発せられた光が強くなる。浮かされた前髪の向こうにある「スペードの紋章」に、ジャズベリンはさっと青くなった。何か対抗をと引きつった声で喋りだす。
【そ、そんなものをここで使ってみろ。貴様の仲間達も全て死ぬぞっ!?】
ティナは無言を貫く。視線はジャズベリンから外されない。
【し、死ぬんだぞ!? その未熟な力を使えばこの地の全てが消滅するぞ!?】
「あれだけ派手に隊長4人が武器振り回しててうちの団員が1人も死んでないどころか怪我もしてないのに、まだ分かんないの? ジャズベリン」
言葉に澱みはない。形勢不利と見て、ジャズベリンは異常な跳躍をして逃げ出そうとした。しかし、それで逃がすほど《スペード》の力は優しくはない。《スペード》は、すでにかの魔者を直接の対象としている。強くその後ろ姿を睨みつけ、ティナは体中の力を使って叫ぶ。
「《スペード》の力は、守るべきものを決して傷付けたりしないっっ!!」
瞬間、周囲一帯は膨大な赤い光に包まれる。光の中から幾重にも重なって耳に響いてくる断末魔。その光が晴れると、そこにはすでに魔者の姿はひとつもなかった。残っているのは呆然としている騎士たち、その多数の視線を受けている《スペード》の少女、そして、すっかり正気を取り戻したハイネルという傷だらけの人間達と、地面に生々しく残る赤と黒のまだらな血の跡、戦いの痕跡だけ。
空を覆っていた厚い雲はすでにその姿を消していた。
明るい陽光が、暗い森の中へと降り注ぐ。
こうして、10年ぶりのヒトと魔者との大戦は終焉を迎えた。多数の重軽傷者を出しながらも奇跡的にヒト側に死者は出ず、大戦はヒトの勝利に終わる。その時大地を埋めんばかりに積み重なった魔者の死体は、10年越しに世界に発された《スペード》の赤き光に、その全てが消滅したという。
そして、人々にひとときの安らぎは訪れる。