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其の三    2    

 かぐや、そう呼びかけようとして光典は止まった。呼びかけを受けるべき人物が光典が聞こうとした状態になっていたからだ。空には青白く輝く月が浮かび、かぐやの体はそれと同様の光をぼんやりと放っている。
 どんな決意をしていても、いざその瞬間になると二の足を踏んでしまうことなど稀ではない。だが、この時の光典の覚悟は並大抵ではなかったらしい。
「お前のそれはどうなっているんだ?」
 などと軽口を叩くように口にしながら、縁側に座るかぐやの横に座った。ちなみに今日のかぐやはちゃんと十二単も着ているし髪も長く背に垂れている。髪はかぐやの頭に合わせて作った竹籠に、切った髪を結びつけて作った擬髪だが。
「別に何てことないよ。私たち天人にはね」
 対するかぐやも不愉快の色なく返答する。そこにはどこか放り出した様な印象があった。
「……俺はそのことを訊きに来たんだ、かぐや」
 光典は両膝を曲げて座り直し、真正面からかぐやと対峙した。その目には真摯な光が宿っている。
「お前はどこから来た? 何者だ? 何故ここにいる?」
 裏のない、それはただただ、真っ直ぐな問いかけ。他意のないそれに失笑すると、かぐやは静かに立ち上がる。静かな空間の中で、その衣擦れの音はいやに大きく聞こえた。
「ねぇ光典。私あんたのそういう馬鹿みたいに真っ直ぐな所好きだよ。裏がないやり取りが出来て、凄く嬉しい」
 質問との答えとは思えないが、光典はとにかくかぐやの言葉を黙って聞くことに決めている。
「お父様もお母様も大好き。優しくてあったかくて、私を大事にしてくれる。そして何より」
 ゆっくりと、かぐやが光典を見おろした。自らの発光を抑えているため月の逆光で影が出来たその美しい顔の中で、唯一同じ色の光を放っている双眸だけが妖しく輝いている。
「私を、モノ∴オいしない。恐れない。化け物扱いしない」
 一言一言、熱を帯びていく言葉。彼女が何を言っているのか分からない光典は喉の奥に唾を飲み落として、ともすれば緊張で動けなくなりそうな自分を内心で叱咤する。
「何故ここにいるか≠セった? 簡単だよ」
 かぐやはゆっくりと、裸足のまま外に足を踏み出した。慣れない衣装が鬱陶しそうに見える。
「私が閉じ込められていた檻≠フ素材はここ≠ナは価値が高いみたいでね。檻が壊れた時に竹に散ったそれを手にしているから、元は貧乏だったお父様も、今は指折りの有力者。その気になればこの国をひっくり返せるほどのね。それだけの財力も人脈もある」
 まさかそれが狙いか、とは一切思えなかった。かぐやの声が、そう考えることを許さない。
「でもやらない。だから私はここにいるんだ」
 ゆったりと、かぐやがまた光典を振り向く。その瞬間に光典の背に寒気が走ったのは気のせいではないだろう。
「権力を求める者の下に付くつもりはない。そんな奴らだったら、この手で――」
 空に向けて、白い腕が伸びた。それを見上げるかぐやの目には浮かんでいる。――純粋な、殺意が。
 光典は動くことはおろか声を出すことすら出来なくなっていた。それを為すのが罪であるかのように、光典の中の何かがそれを止めたのだ。
「ああ光典、もうひとつあんたが好きな理由はこれと同じ。あんたは権力にも力にも遜らない。お偉いさんに仕えてるのに偉ぶらない。……だからそばに来ること許してるんだしね」
 柔らかな微笑みに、光典は引きつった笑みを浮かべて冷や汗をかく。つまりこの態度を崩せばいつどうなるか分からない、ということだ。全く恐ろしい。
「えーとそれから、どこから来た何者か、だった? いいよ、話してあげる。……面白い話だとは思えないけどね」
 そう言うと、かぐやはまた縁側に座り直した。そして間を置かず空を指差す。示すは輝く満月。
「あそこが、私の生まれ育った所。私が血と屍で埋め尽くした、戦いの世界」




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