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其の三        4

 光典は言葉なくかぐやの話を聞いていた。そしてかぐやの話が終わった今、その目には涙が浮かんでいる。同情は嫌いなかぐやだが、その涙は何故か素直に受け取れた。
「――ありがとう光典。その涙、私のためって思っていいんだよね?」
 彼に視線を向けずに尋ねたそれに、光典は乱暴に拳で涙を拭いながら言葉もないまま深く頷く。
「ねえ、これで最後」
 何だ、と訊く前に、全身から冷や汗が出る。未だかつて一度たりとも感じたことのない強烈な殺気が光典の全身を包み込んだ。全身が震える。息苦しい。歯の根が合わなくなる。何が起こったのか分からずに思わずかぐやの肩に手を置いた。その瞬間、体が信じられないくらい軽くなり、先ほどのことが嘘のように呼吸が楽になる。
 訳が分からぬままかぐやを見れば、その寂しそうな目が光典を見つめていた。
「私は、鬼になったんだよ。その気になれば、あんたなんて、この家の人間なんて、この国の人間なんて、指一本で殺しつくせる。……あんたも、思う? 私のこと、化け物だって」
 一言一言を噛み締めるように紡いだかぐやの顔には、否定を望みながらもそれはありえないことだという諦めがありありと浮かんでいる。
 しかし彼女は計り違えた。菅野光典という男の器を。
「馬鹿言うな。お前は化け物じゃない。造麻呂殿と嫗殿が大好きで信じられないくらい強いとんでもなく変わった娘≠セ。それ以外に何がある」
 腕を組んできっぱりと、光典は自分はひとつも間違っていないとでも言うかのように胸を張る。さすがのかぐやもこれには意表をつかれたらしく、目を見開きぽかんとしていた。それから数度の瞬きが出来るほどの間を開けて、何を思ってか体を震わせはじめる。それが段々と大きくなっていくと、ついに口に手を当てた。が、それでもまだ足りなかったらしい。手の間から盛大な息が漏れる。
「ぷはははははははっ、長いって。とんでもなく変わったって何それ失礼〜。あはははは」
 かぐやは盛大に笑いながら女子の仕草とは思えないほど乱暴に床を叩き出し足をばたつかせた。そうでもしないと声だけでは笑いを外に発散し切れないのだろう。笑われる側の光典としては一発殴りたい気分だが、本日初の彼女らしい笑顔であることだから我慢することにした。
 両腕を後ろに伸ばして体を反らす。必然的に目に入るのは輝く満月。光典はしばらく考えてから、その月に向かい思い切り舌を出してやった。月の連中に届くわけはないが、ちょっとした気晴らしにはなる。
 好きだった月が、少し嫌いになった瞬間だった。




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