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其の二      3

 風呂から上がると、翁は光典に奥にある修練場に涼みに行ってはどうかと勧めてくれる。そこは本来かぐやの稽古場であるため部外者や下の者が立ち入ることは許されていないのだが、光典はもはや部外者ではないだろうと特別に許可してくれた。なんでも景色がいいらしい。遠慮よりも景観への期待が勝った光典は、それは楽しみと足取りも軽くそちらへと向かっている。
 歩を進めて行くと、廊下に備えられている火が少なくなってきた。徐々に暗くなっていく先に目を凝らしていた光典は、不意にどこからか強い光が漏れていることに気が付く。そしてそれが、少し進んだ先の角を曲がった奥の部屋からだと分かると、そっとそこに忍び寄った。
 近付けば障子が開いている。光典はそれに背中をつけて密かに中を窺がった。そして目に入った光景に、息を呑む。
 部屋には満月の夜に地上に降り注ぐような強い月の光が満ちていた。しかし部屋にあるどの照明道具も火は灯していない。それでもこの部屋が昼と間違うほどに明るいのは、部屋の中央に寝ているかぐやが原因である。光は、寝ている彼女から発せられていた。
 何事か分からず呆然とその光景を見ていると、突然爆発するように光が強くなる。
「……っなん、だ……!?」
 悪夢でも見ているのであろうか、かぐやはうなされていた。どうやらあの光はかぐやに呼応しているらしい。かぐやの手が握り締められると同時に光がさらに強くなる。
「痛っ!」
 しかも今度はただの光ではないようだ。僅かに障子から出ていた右手が灼かれた。咄嗟に手を引いたものの軽度な火傷を負ってしまった右手を見つめ、光典は唾を飲み込んだ。頭が混乱しているのが自分でも分かった。
(只者じゃないとは思ってたが……まさか、人外のモノなのか……?)
 心音が大きくなっていく。目が回ってき始めたその時、逆側の廊下から慌ただしく走る音がした。誰か来たのかともう一度部屋の中を覗けば、あのいつも落ち着いている嫗が駆け入って来た。珍しく慌てた様子を見せる彼女は、光が自身を灼くのも構わずにかぐやを抱きしめる。繰り返し繰り返し呟かれているのはかぐやの名前だろうか。
 やがて光典や嫗を灼いた光が消え、後には最初の柔らかな満月の光だけが残った。そしてかぐやが縋るように嫗に抱きつくと、先ほどの光で灼かれたばかりの嫗の肌が見る見る内に治癒していく。こっそりと出した光典の手も、その柔らかな光を受けて痛みを消した。
 何とかなったらしいという安堵と抱く反面、自身が体験した怪我と回復にまた混乱し出した時、光典はかぐやの異様な雰囲気に気が付く。嫗に抱きしめられているかぐやはゆっくりと視線を持ち上げた。そして、知り合ってから初めて見るような憎しみに満ちた目で何かを睨みつける。何かいるのかと廊下側から同じ方向を見上げれば、そこにあるのはただ月のみ。翁が悲しげな目で見上げた、あの満月のみだ。




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