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 少女は自動ドアから出ると、彼ら≠ニの約束の場所に向かうべく迷いなく歩を進める。そのうちに、段々と口角が上がってきたのが自分でも分かった。そしてそのことを実際に指摘したのは、待ち合わせの公園で携帯ゲームの対戦をしていたらしい友人たちだ。
「んだよ結城、超ニヤついてんぞ」
 ゲームに負けたのか若干不機嫌そうにそう言ったのは目つきの悪い青年・鏑木 隆臣(かぶらぎ たかおみ)だ。少女――結城 来良(ゆうき らいら)は頑張って抑えていた笑みを爆発させた。
「そりゃニヤついちゃうよ。結城の演技の上手さ鏑木っちとにっしー君に見せてあげたかったなー。すっごく名女優だったよ」
 被っていた長髪のウィッグを外して来良はけらけらと笑い出す。当初の目的を考えると笑っていられるような状況ではないが、実際に無事に終わって力が抜けたのだろう。しゃがみ込んでいた分厚いメガネの青年・西本 青雲(にしもと せいうん)は、気の抜けた掛け声と共に立ち上がり、珍しく笑みを浮かべた。
「よくやった結城。褒美として昼飯を奢ってやろう」
「いえーい! パスタがいいパスタ!」
「つーか、マジで『彼氏の結果に我慢出来ず不満を言いに来た女』で上手くいったのか?」
 隆臣が訝しんで尋ねると、来良はにやりと笑ってみせる。
「だーいじょうぶ。入る前ちょっと見てたけど、あの人たちずっとお喋りしてたもん。それに、どっちも話の内容が気になるみたいな態度だったし。多分確実にお昼か終業後のお喋りの話題になってるよ」
 自身がお喋りなこともあり、来良は自信たっぷりだ。サイフの中身を確認していた青雲もいつもの表情に戻りながらそれに同意した。
「女のお喋りは声がでかいからな。それが会社内に広まればざまぁ。それが今日視察に行く宣言した社長が本当に来てて、かつ耳に入れば万歳もん」
「は? 何で視察のことなんて知ってんだ?」
 流石にそんなことまでネット上には出さないだろう、とさらに隆臣が疑問を口にする。それに対し、青雲はやはりいつも通りに答えを返した。
「会社のホームページからクレームのメール入れてみた。こないだ工場見学したけど態度が悪い! みたいなの。何度かやり取りして今日行くって返信もらったんだわ。まぁ、本当に来るか賭けだったけどな」
 飄々と告げられた内容に、隆臣と来良は驚きを通り越した呆れを浮かべて青雲に視線を向ける。そんな布石を打っていたとは、と。
「だから今日行こうって言い出したのね」
「お前ホントよくやるよ……」
 来良たちが半笑いを浮かべると、青雲は首を傾げた。
「そりゃやるだろ。友達あんなボロボロにされて気が済むか」
 友達、と言われ、隆臣と来良はこの計画を捧げるべき友人を思い浮かべる。専門時代、急性緑内障で片目の光を失ってしまった彼は、その目のせいで就職難に遭い、卒業後すぐに受けた例のおもちゃ工場で、例の人事に適正な面接もされないまま追い返されてしまった。そのことが原因でそれまでの苦難が溢れてしまった友人――篠月 若太(しのづき わかた)は引きこもり、しばらくの間隆臣たちは顔も見ることが出来なかった。
 彼の近所で個人商店を営んでいる老人が彼の殻を強引に破ってくれなかったら今頃も彼は隆臣たちを拒絶していただろう。
 今回、わざわざクレームまで入れ、わざわざ変装までしておもちゃ工場に向かったのは、全て若太を閉じ込めた最後の原因となった相手への子供じみた復讐のため。大事な友人に拒絶された悲しみの腹いせのため。
「……ま、そーだな」
「ねぇねぇ、お昼若くんも誘おうよ。一緒にご飯しよ」
「おー。連絡してみるわ」
「よーし、じゃ地元帰るぞー! あっ、その前にメイク直す! こういうの結城に合わないんだよね」
 再びウィッグを被った来良が足早に駅に向かって歩き出し、隆臣と携帯を耳に当てる青雲がその後に続く。本人には決して言えない復讐劇は、こうして終幕した。彼らは結末を望まない。これ以上、彼らの人生にあのおもちゃ工場は必要ないから。




〜あとがき〜

以前に書きました若太過去編の外伝として書いた作品です。
本当は本編だけの読みきりだったのですが、某フォロワー様から「3人組の仕返しの話も読みたい!」と言っていただけたので喜んで書かせていただきました!(望んでもらえると嬉しいですねv)

ということで、青雲発案の「ふくしゅー」はこんな感じになります。
この後多分4人でわいわいご飯を食べて遊びに行ったんじゃないかと思います。この時にはもう前の通りの若太なので多分変な気遣いなしで遊べたんじゃないかなぁと。


2014/08/30

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