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スペードの狂犬と爆弾娘
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 はじめてそいつを知ったのは、響き渡る爆音に領主がため息をついた時だった。「またか」、なんて言いながら頭を抱える領主をフィーリアが笑って慰めていた。「警護がルゥじゃ仕方ないよ」と。

 その時はそれまでであったが、それが、俺がはじめて「ルゥ・パンプキン」という名を認識した瞬間であった。

 

 『狂犬』。それはいつからかジーン・T・アップルヤードが呼ばれるようになった異名であった。スペード有数の貴族にして騎士の名門・文の名家とも名高いアップルヤード家にその生を受けながらも、ペンではなく剣を選び、強きと見れば誰が相手でも喧嘩を売る。その様はまさに“狂った犬”を彷彿とさせ、誰かが負け惜しみで呟いたそれはいつしか彼を表す最大の言葉と変わっていた。

 何をするにも優先されるべきは“面白い”であり、彼にとってのそれに当てはまらなければ彼はどんな人物も事象もその歯牙にかけることはしない。

 そんなジーンの目下の楽しみは先日はじめて知った噂の爆弾娘ことルゥ・パンプキンとの対面であった。友人だというフィーリアをからかいつつ引き出した情報を元に彼女の家へと向かうその足取りは軽やかだ。

 自由奔放。破天荒。猪突猛進。天真爛漫。良くも悪くも評判高いルゥの話を聞くたびに、ジーンの表情は緩んでいた。会ったことはないが、それだけの人物でかつ戦闘も可能であるというなら噂の彼女はさぞかし“面白い”人物なのであろう。

 早く遊びたいものだ。胸を躍らせながら、ジーンはスペードの郊外にあるルゥの自宅まで向かった。スペード騎士団所属とはいえ、どうやらルゥは基本的に農民らしく、領主館や兵舎に毎日来る義務はないらしい。そして運悪く本日は来ていないらしく、待つ気も先延ばしする気もないジーンは自らそちらへと出向くことにしたのだ。

 そうして辿り付いた先にあったのは十代の少女がひとりで暮らしているにしては大きな建物と、その横の墓場、そして広く連なった何故かかぼちゃを実らした木々。フィーリアから「絶対に余計なことは言うな」と本気で釘を刺された理由はよく分からないままだが、確かにこれだけ異様な組み合わせだとどこに地雷があるか判断が利かなかった。

 相手が本気になるなら地雷も嬉々として踏みにいくジーンであるが、相手が潰れる可能性もある地雷は決して踏まないのもまたジーンである。内心で改めて口にチャックをつけ、ジーンは家の玄関に近付いた。

「わああああっ。そ、そこの人逃げるですよおおおおお!!」

 そしてその瞬間、ひどく慌てた少女の声が聞こえてくる。焦った調子で逃げろと言われたのと眼前まで迫っていたおかしな飛来物にジーンはすぐさまそこから飛び退いた。途端に、地面に激突したそれは爆音を立てて霧散する。空気中に紛れる火薬のにおいにジーンはひゅうと短い口笛を吹いた。

「ふわぁぁ……よ、よかったですよ……。うー、失敗作です。危機が迫ったら爆発するはずだったのにいきなり飛び出しちゃうんじゃ売れないですよぉ」

 駆け寄ってきたのは茶色の髪とオレンジの双眸を持った少女であった。背には悪魔の羽がぱたぱたとせわしなく動き、周りには2体の人魂がふよふよと浮かんでいる。特徴からして彼女がルゥ・パンプキンだろうと判断し、ジーンはにっと唇を引き伸ばした。

 この爆弾が実は間違ってないことにルゥが気付くのはもうしばらくしてからである。

「はは、いきなり爆弾かよ。噂通りだな」

 これは期待通りかもしれない。そんなことを考えながら呟くと、改めてジーンの存在に気付いたルゥが慌ててジーンと向き合った。

「あ、ごめんなさいですよ。まさかお客さんがいると……は……」

 はっきりと視線が合った瞬間、ルゥは半口を開けて固まってしまう。目を軽く見開き、頬は染まり、どこか呆けた様子だ。実はジーンの耳には届いていないことなのだが、この少女ルゥは自他共に認めるイケメン好きである。本人は容姿など気にしていないがどうやらその部類に入るらしいジーンは彼女の美的範疇に入ったらしい。

 普通であれば、自身の容姿を褒められ、年は離れているとはいえ愛らしい少女に見惚れられたら悪い気はしないだろう。

 だが、ジーンの視線はほんの一瞬前とは比べ物にもならないくらいに冷め切っていた。面白いかもしれない、という感覚は変わっていない。しかし今のジーンの心中にルゥに対する興味はもはや微塵にも残っていなかった。

 ジーンの嫌いなものは、つまらないもの。そして彼にとってジーンが持つ金なり地位なり容姿なりに能力なりに擦り寄る相手はすべからく“つまらない”ものである。容姿に見惚れた時点で、ジーンの中でルゥ・パンプキンはその興味から外れたのだ。

「……ちっ」

 折角来たのに無駄足だったか。ジーンはひどく不機嫌な様子を隠さすことはせず、何も言わずにルゥに背を向ける。それを見送ったルゥはひとりいったい何だったのかと困惑するのであった。



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