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 ああ、やばいやばいやばい誰か助けてホント助けて。スーは引きつった笑顔の下でひたすらに見知る全ての存在に助けを求めていた。彼女を緩く囲んでいるのは3人の青年たち。特に悪ぶった様子もない、極々普通の彼らだが、今のスーにはかつて休みに訪れた観光地の強面のガイドたちよりも恐ろしい。
「ねーねー、名前教えてってー」
「陽エルフの子って本当に可愛い子多いよねー」
「そこのオープンテラスでちょっと喋らない?」
 絶えず笑顔の彼らは決して圧迫感をスーに与えてはいない。けれど、かけられる言葉が、その内容が、スーをパニックに導いている。
 言葉で分かるとおり、彼らは今スーをナンパするべく彼女を囲んでいた。決して無理やり連れて行こうという感じはなく、近くを行く人々も大事とは思わず過ぎ去っていく。さらに、女子力を磨くことに余念がなく素敵な王子様を求めている彼女なのだから、知人が聞いたらむしろ嬉しい状況だと思うだろう。が。
(いやいや、無理! まず女の子ひとりに男3人で声かけて来るような奴ら無理。しかも微妙にイケメン外してるし。雰囲気イケメンだこいつら。お呼びじゃない! ああでも、下手に断って怒らせるの怖いよー! 誰か助けてぇぇっ)
 ――とこのように、スー自身からすれば彼らは完全に「NG」の部類である。通りかかりそうな相手、通りかかりそうにないけれどこういう事態に強そうな相手、明らかに陰に隠れて出てきてくれないだろう相手、色々な知人を思い浮かべては助けを請うた。
 そんなスーの祈りが通じたのか、不意に肩を掴まれ、後ろに引き寄せられる。ぽよんと背中に柔らかいものが当たった。その感触に衝撃を受ければいいのか安堵すればいいのか混乱していると、顔の横にひょいと引き寄せてくれた主のそれが寄せられる。視界の先でオレンジ色の長い髪が揺れた。
「すみません〜、先に私と約束してるので今回は遠慮させてくださーい」
 背後の女性――少女の顔を見やると、柔和な顔には笑顔が浮かんでいる。それ逆効果なんじゃ、と思っていると、予想通り青年たちは「君も」と声をかけようとしてきた。しかし、少女は重ねて「ごめんなさい」と告げる。その笑顔は決してスーが勤めるレストランの店長のような、温和なのに耐えがたいプレッシャーを与えるものではない。普通の愛嬌ある笑顔だ。にもかかわらず、青年たちは顔を見合わせると肩を竦めあった。そして、「振られちゃったー」とさして惜しくもなさそうに青年たちはそこから去っていく。完全にその背中が人混みに消えると、スーはすっかり力が抜けてしまい、その場に座り込んだ。
「あわわ、大丈夫ですか?」
 少女が慌てたように隣に回りこんでしゃがみ込む。
「あー、大丈夫です……腰抜けたけど」
 緊張しすぎた、と力なく笑うスーに「怖いですよねぇ」と何度も頷くと、少女は周囲をきょろきょろした。スーも周りを軽く見渡すが、突然座り込んだ彼女を人々が怪訝な目で見ていることに気付く。あ、これ恥ずかしい奴。と顔を隠したくなった。
「ちょっとここだと邪魔ですねー。移動しましょうか」
「うー、移動したいけど動けな――わぁっ!?」
 失礼しますねーと明るい笑顔のまま少女はスーを抱え上げる。
(うおわあああ、女の子にお姫さま抱っこされたぁぁ! しかもめっちゃ軽々だし! スーちゃんそんなわたあめ体重だっけ!?)
 そんなことを内心で叫んでいる間に少女はさっさと歩き出し、近場のベンチにスーを下ろした。
「大丈夫ですか? 何か飲み物でも買ってきます?」
「うーん、イケメンだったらフラグなのに……」
「え?」
「あっ、何でもない何でもない! 大丈夫です。――えっと、助けてくれてありがとうございました。あたしスーです。あなたは?」
 スーが無事を告げ名乗ると、少女はよかったと頬を緩ませて胸に手を当てる。
「好です。よろしくお願いします。あの、スーさんはこの辺りの方ですか?」
「? はい」
「じゃあじゃあ、もしお時間あるならこの辺りのこと教えてくださいませんか? あ、ナンパじゃないですよ!」
 思い出したように少女――好がふざけた様子で重ねた言い訳に、スーは思わず噴き出した。
「あはは、じゃあお礼がてらちょっとこの辺り案内しますね。……あたしの腰が回復したら」
 まだ力が抜けている。スーが目を逸らしつつ告げた言葉に好も噴き出し、「はーい」という返事と共にスーの隣に座った。
 この後しばらく話し込んだ少女たちが観光に向かうのは2時間もあとのことである。


                                了


あとがき

2016年の椎ちゃんのお誕生日用に書いたお話です。
あなぐらですーぷとかのめます。」(通称:でぷす)のスーちゃんとうちの好(はお)の交流――直前小説になります。スーちゃんが大変好きすぎるのでうちの看板娘と絡ませてみました。女子力を磨くべく日々日々努力し、明るくてたまに空気読めない発言しちゃうけど人とはしっかり交流出来ているし、勤め先を盛り上げようと奮起するいい子です。詳しくは本編で。

とりあえず、今回の話は始まりも始まりで終わったので、そのうちこの続きなんかも書いてみたいかなぁと思います。


それでは椎ちゃん、お誕生日おめでとうございます!
(※このお話は椎さんのみ保存・別所掲載可です)

2016/07/09