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 チームメイトの飛鳥あすか 常勝ときまさに買い物に誘われたのは十数分前だ。最初は断った。だが、大泣きに泣かれ、結局他のチームメイトに白い目を向けられたので諦めてこうしてまだ寒い3月の空の下を歩いている。大楠おおくす じゅんは自分の『押され』弱さに心底から辟易していた。
 そんな折、隣でぺらぺらと喋っていた常勝が「あっ!」と大きな声を上げる。何だとそちらを見た瞬間、顔を輝かせた彼は一目散に駆け出した。
「おい飛鳥!」
 叫んで止めようと声を出しかけるが、その対象は近くの公園から出てきた茶髪の男性に突撃して止まる。
「おいおいおい、何やってんだ馬鹿!」
 突然の奇行に淳二も慌ててその後を追って駆け出した。マスコミなり警察なりに届けられたらとんでもない。恐ろしい未来が順に頭を巡る。しかし
「あいたた……常勝君、突撃はおじさんもさすがにびっくりかな」
 突撃された男性は何とか持ちこたえて苦笑を浮かべていた。しかも、常勝の名前を呼んで。「ごめんなさーい」と注意されたはずの常勝はにこにこしている。知り合いか、とほっと足を止める淳二だが、すぐに「外国人の知り合いなんていたのか」と軽い驚きを抱いた。
 常勝が飛び込んだのは見るからに外国の顔立ちをした男性で、常勝が口にした名前も外国人のそれだ。アドルフさん、と呼んでいたようである。
「おや? もしかして、大楠選手ですか?」
 男性――アドルフが淳二に気付いて笑顔を向けてきた。選手、との呼び方からちゃんと淳二が常勝のチームメイトで、サッカーチーム・グリモワールの選手だと知っているのだろう。思わず英語で返そうとしたが、すぐに彼が日本語で話していることに改めて気付き、少し愛想笑いの含んだ笑みを浮かべる。
「はい、はじめまして。大楠 淳二です。えっと、アドルフさん? でした?」
「ええ、アドルフ・ミスカです。こっちは娘のボニト」
 娘、と紹介され、高い位置に固定されていた淳二の視線はすーっと下がった。視界に入ったのは――しゃがんで何かを抱き締めているような常勝。え、娘? と反応に困っていると、彼の肩からぴょこんと愛らしい顔が現れる。銀色の髪と目をした幼女はにこにこと淳二を見上げていた。
「こんにちは、ボニトです! ときくんにお話きいてました!」
 元気の良い挨拶と共に常勝越しに右手が差し出される。少し腰を曲げた淳二は小さな手を包み込むように自己紹介と握手を返した。
「しっかし、お前いつの間に外国の人と知り合いに?」
 ボニトを抱き締め終わった常勝に尋ねれば、返されたのは心外だ、という顔。
「えー? 大楠さん何言ってるの? 俺今年のお正月明けにいっぱい話したじゃない。ここでの俺の家族!」
 正月? 家族? 何とか記憶を手繰り寄せ、淳二は「あー」と思い出し風に相槌を打つ。正直その頃はまたも想い人・真宮まみや 千景ちかげの元に常勝が泊まったという事実に打ちのめされていたのであまりよく覚えていない。が、正直に言うと常勝だけでなくミスカ家にも失礼なので「忘れていた」の体でいく。
「その節は飛鳥がご迷惑を」
 後頭部を撫でながらぺこりと頭を下げると、アドルフは「いやいや」と手を振った。
「元々俺が誘ったことだし――おっと、失礼」
 不意にアドルフのポケットからコール音が鳴る。上司からだ、と告げたアドルフは常勝と淳二にボニトを任せてそばを離れた。残された2人は普通の様子を見せたり「いいのか」と不安げな様子を見せたりと真逆の反応だ。
「じゃあボニトちゃん、アドルフさんが戻ってくるまでお話でも」
 してようか、と言おうとしただろう言下、今度は常勝の携帯が鳴る。「あ、監督だ。ちょっと出てくるね」とこともなげに言って常勝までその場から離れてしまった。
「ちょっ、飛鳥待ておいっ!」
 止める言葉も虚しくその背は手の届かない位置に行ってしまう。アドルフも常勝も姿が見える範囲にはいるが――。
(きっ、気まずい……!)
 決して人見知りするタイプではないし、子供の相手も好きだ。だが、初めて会ったばかりの外国の女の子となると勝手が分からない。サッカーボーイ・サッカーガールとは話す内容も当然違うはずだ。そもそもこの子が何歳なのか分からないから定番の学校やら幼稚園やらの話題も出せない。あ、そうか、年を訊く所から始めれば――。
「オークスくん」
 淳二が考えをまとめたところをボニトが先んじる。いつのまにやら足元に来ていた。淳二は彼女の隣にしゃがみこみ「どうしたー?」と笑顔を見せる。先越された! とか、発音が何だか英語っぽい、とか、くん呼びとな!? と色々思うことはあるが、とりあえずそれらを笑顔の下に隠せるくらいには淳二は冷静だ。
「オークスくんもときくんと同じおうちに住んでるの? ……ですか」
 同じおうち、というのは寮のことだろう。
「敬語じゃなくていいぞー。……ああ、住んでるよ。他にも、一緒にサッカーしているお兄ちゃんたちがいっぱい住んでるんだ」
「お友達といっしょのおうちって楽しそうだね! ボニトもしてみたいなぁ」
 そこから淳二とボニトは自然と会話を重ねた。アドルフ・常勝が帰って来た時にはお互いに笑い合っており、アドルフには慈愛の視線を、常勝には「俺も混ぜてよー!」という泣き言を向けられることとなる。


                                了


あとがき

2016年のりーちゃんのお誕生日用に書いたお話です。
グラン・グリモワール」の大楠さん、飛鳥君とうちのアドルフとボニト(現パロ)での交流になります。以前書いた「ただいまと言える場所」の続きみたいな感じです。ホントはマーシャと佐倉さんを出会わせようと思ったのですが、どっちかというとボニトと大楠さんを出会わせた方が面白いかなと思ったのでこちらにしてみました。そのうち他の人たちとも仲良くなれたらいいなと思います(0*´∀`*0)


それではりーちゃん、お誕生日おめでとうございます!
(※このお話はパピコさんのみ保存・別所掲載可です)

2016/07/18