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「あれー? エイミーさん着替えてないんですか?」
 残ってくれた住民たちとほのぼのと話しながら服を見て回って精神の穏やかさを回復していたエイミーに、驚きに微妙な非難の混じる声がかけられる。そちらを向けば、兎の耳のようなカチュームをつけたリーナと言葉通りの少しつまらなそうな顔のハーティが立っていた。
「えーっと。リーちゃん可愛いね!」
 自分が着替えていないことに対して話題がこれ以上発展しないように、そして素直に褒めたかった気持ちを込めて、エイミーは少々大きな声で無理やりリーナに話題を持っていく。
「ありがとうございます、エイミーさん」
 ほくほく笑顔のリーナは「見て見て」と自慢する子供のようにスカートを両手で持って広げた。トップスは白いフリルのキャミソール、その上には濃い青のデニムジャケットを身に着けている。靴も貸し出し品に含まれているらしく、履いている物がヒールの入ったパンプスになっていた。
「可愛いですよねー。選ぶのめちゃくちゃ楽しかったです」
 隣のハーティも自慢げな笑みを浮かべている。楽しそうでよかった、とエイミーが微笑ましさから口元を緩ませた。しかし、その笑顔は直後引きつることとなる。
「で、エイミーさんは?」
 蒸し返された。
 狙いが逸れて結局こちらに戻ってきてしまう。しかもリーナまでそれに援護射撃を入れてきた。
「エイミーさん、ここのお洋服いっぱいあって楽しいですよ! 次来られるか分かりませんし、せっかくだから着てみましょうよ!」
 なるほど、限定感のある遠出による高揚と着替えによる高揚でテンションが上がりまくっているらしい。きらきらと星を飛ばすような期待のこもった笑みと眼差しから逃れるように、エイミーは顔の前に自分の手を持ってくる。
「えーと、私は大丈夫だから気にしないで。ほら、マリアンヌが戻ってくれば一緒に楽しんでくれるから」
 えぇー、と二方向から残念がる声が漏れた。片方は雨の日の子犬のような切なさで、もう片方は隠さず不満げに。少し揺れそうになるが、耐えるべくエイミーは内心で気合を入れ直した。実際素敵な服は多いと思うが、出先でお着替えは流石に躊躇してしまう。
「あ、じゃあじゃあ、せめて靴とかどうですか? リーナさんと同じパンプスと」
「無理」
 か、と続くはずだったハーティの言葉は食い気味に放たれたエイミーの断固拒否の言葉にかき消された。一同の視線は自然とエイミーに集まる。これまでずっと穏やかで言葉を選んできたエイミーが、初めて断固とした口振りを見せたことに衝撃が隠せなかった。
 真顔のエイミーを前に、ハーティもここに来て初めて躊躇しながら言葉を放つ。
「……ブーサン」
「やだ」
「サボサンダ」
「いや」
「ショートブー」
「なし」
「ローファー」
「……ヒール低ければ」
 ようやく「否」以外の答えを得られた。それと同時に、一同はエイミーの否定の対象を理解する。
「エイミーさんヒール苦手なんですか?」
 純粋な眼差しで尋ねて来たのは卯月だった。見下ろすほど小さい少女の姿を眩しそうに見つめ、エイミーは涙目で頷く。
「駄目……駄目なのよヒールは。ヒールだけは駄目なの……」
 ぶつぶつと呟くエイミーの様子に、ハーティは訳が分からないといった様子で肩を竦めた。
「わっかんないなー。ヒールってすらっとなって素敵じゃないですか。エイミーさんも似合おうと思いますけど。よろけちゃうとか?」
「……ハーティさんも身長差の恐怖に晒されたら分かるわ……」
 ぽそりとエイミーが答えれば、ハーティは「なんだ」とこともなげに言い放つ。
「好きな人との身長差が〜とかそういう系です? じゃあ陽菜乃ちゃんと同じ理由ですね」
「ハーティさん!?」
「ハーティちゃん!?」
 エイミーと陽菜乃が赤面して悲鳴のような声を同時に上げた。内包する思いはそれぞれ複雑だが、共通するのは「大声でかつ人前で何てことを」だ。そんな非難もお構いなしに、ハーティは心底楽しげに話を発展させんとしてくる。
「ちなみに誰なんですか? 一緒に来てる人の内の誰か?」
「いっ、言わない! 言わないからね!」
 胸の前で×を作りエイミーは絶対負けないとばかりに断固拒否の姿勢を示した。えー、と不満げにこぼしてから、ハーティは腕を組み目を瞑ると、何事かを考え出す。そして再度碧眼にエイミーを写すと、名推理を披露するかのような笑顔を浮かべた。
「ルイスさん」
「何で分かるの!?」
 そんなに顔に出していたか、とエイミーは両手で頬を覆って混乱し出す。ルイスさん、に該当する人物を先の模擬戦の会場で見ているケイティは「あの人かー」と内心で思い浮かべた。その一方で、恋心を完全に暴露されたエイミーに同情する。止める手が間に合わなかった自分を是非許して欲しい。
 驚愕と羞恥に染まるエイミーと、同情と好奇心とで色めき立つ面々。その中ハーティはひとりにやにやと余裕の笑みを浮かべた。
「すみませーん、五十音順に適当に言っただけでーす。やだ当たっちゃったー」
 からかう色を前面に出すハーティの面白がる気配から逃れるように、エイミーは「ああああ……」と後悔の声を漏らしつつ顔を隠してしゃがみこむ。その背中をリーナとケイティが気遣わしげにさすった。
「まあ、あたしにはよく分かりませんけどー、そういうことならペタ靴コーデで行きますかー。可愛いの選ぶんで許してくださーい」
 合わせた両手を頬の横に当てぶりっこのポーズを取るハーティ。浮かべている笑みがこうも面白がっていなければ素直に協力に感謝出来たと言うのに。
 結局この後エイミーはハーティ(と協力することになった住人の面々)によって着替えさせられることになる。
「はーい完成!」
 ふたつに分け三つ編みにしたエイミーの髪を、それぞれさらに輪を作るようにまとめ、細いリボンで留めたところでハーティは弾んだ声を上げた。鏡に映る自分を見つめると、この髪型は少々子供っぽ過ぎやしないかとも思ったが、回りに「可愛い可愛い」と褒められると悪い気はしない。
 立ってください、と促され、エイミーは座らされていた椅子から立ち上がる。鏡に映る自分が身につけているのはうっすらピンクの混じる白のゆったりしたオフショルダー。スカートはレイヤードになっており、上は白いレース、下は黒いレース。どちらにも花柄があしらわれていた。オフショルダーの下には少し太めに編まれた肩紐のキャミソールを着ている。
「うんうん、上出来ですね。さっすがあたし」
 鏡に映るエイミーを、そして実際のエイミーを順番に眺め回してから、ハーティは満足そうに胸を張った。その彼女の後頭部を誰かがこつんと小突く。何、とハーティがそちらを向くと、「見たぞ〜」と悪戯な笑みを浮かべているキャロラインが立っていた。