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「こーら、お仕事中でしょう? あたしじゃなくて?」
 つんつんと突いて来るキャロラインの指から逃れるように一歩下がってから、ハーティは「私、私」と言い直す。そんなやり取りをするキャロラインの後ろにいたマリアンヌがひょこりと顔を出した。その手には何故かたくさんの袋が抱えられている。マリアンヌは視界にリーナとエイミーを映すや否や向日葵さえも恥じ入るような満面な笑みを浮かべた。
「えーー! みったんもリーちゃんもどうしたの可愛いー! いいなー、あたしも着替えたーい!!」
「いいわよー、何着る? 彼女たちと合わせる?」
 キャロラインが笑顔で応じると、マリアンヌはきらきらした目である一角を指差す。
「それも素敵なんだけどー、どうせならファンタジーな衣装着たいなぁ!」
 指先を辿った先には、これまでエイミーたちが歩き回っていた現代風の衣装がある場所とは毛色の違う服がずらりと並べられていた。彼女の言葉通り、「ファンタジー」な雰囲気の物ばかりである。
「オッケー! このキャロラインさんが直々に選んであげるわ!」
 いらっしゃい、と先ほどの同じ調子でキャロラインとマリアンヌは該当の一角へと向かって行った。自分も、とハーティもそちらに向かう。陽菜乃と卯月は「そろそろ戻るね」とその場を辞し、場にはエイミー、リーナ、ケイティ、エイラが残される。これで一息つけるか、とエイミーがふぅと一息ついた時
「リーナさん、エイミーさん、絵描かせてもらってもいいですか!?」
 勢い込んで尋ねて来たのはスケッチブックとペンを構えたエイラだ。自分を絵にされるなど経験のないエイミーは「えっ」と躊躇し、慣れている(ほどではないが経験がある)リーナは「いいですよ」と答える。その結果、最初に光の入る窓際に連れて行かれたのはリーナだった。
「エイミーさんは次ね!」
 元気よく宣言され、エイミーは引きつりながら「分かった」と答える。それ以外の答えが出てこなかった、とも言う。
「エイミーさん、少し座りましょう?」
 残ったケイティが気を遣うように壁際の椅子を指差した。
「はい、ありがとうございます」
 ケイティはエイミーより――もっと言えばリーナより年下らしいのだが、修道服を着ているので自然と伝い出る言葉が敬語になってしまう。教会の方には敬意を、というのは最早慣習だろう。
 勧められた場所に座ると、二人の間からは自然と言葉が消えた。居心地が悪いわけではないが、何か喋った方がいい気もする。エイミーが脳内で話題を選出していると、ケイティが控えめに声をかけてきた。――衝撃的な単語で。
「あの、エイミーさんは今好きな人がいるん……ですよね?」
「えっ、えと、あの……はい」
 まさかケイティに話を蒸し返されるとは思っておらずつい動揺してしまう。ケイティも年頃なのか、と思っていると、彼女はエイミーと向き合うように体の位置を変えた。すっとその両手が組まれる。
「じゃあ、祈らせてください」
 柔らかな声と共に、穏やかで慈しみ深い眼差しが微笑みの中に生じた。好奇心からの質問だ、と思ってしまったことが恥ずかしくなるくらい真っ直ぐな視線。エイミーの背筋は自然と伸び、その体は彼女と向き合うことを選択する。
 エイミーの顔が正面に向くと、ケイティは目を瞑り組んだ両手に少し頭を寄せた。
「『女神アルファローネの加護よ在れ。あなたの愛に祝福を』」
 祈りの文言と共に、ケイティから光が溢れる。それは風を起こし、エイミーの前髪やまとめられた髪を揺らした。それが収まるより前に光は収束し、エイミーの胸へと吸い込まれる。ぽぅと温まる心を確かめるように、エイミーの両手は自身の胸の上に行きついた。どくん、どくん、と心地よいリズムの鼓動が手の平に伝わる。
「ウチが信仰しているのはアルナイル教の女神アルファローネ様。アルファローネ様は、色々な神格をお持ちですけど、その内のひとつは愛の女神なんですよ。今のは愛の祈りって言って、胸に宿る純粋な想いを勇気付ける祈りです」
 そう言ったケイティは彼女の身に着ける修道服の中で唯一白い胸当て部分に手を当てた。そこには八枚の花弁が金糸で描かれている。不意に道中聞いた話を思い出した。その金糸の花が、彼女の信仰する女神の象徴なのだ、と。
「――ありがとう」
 少し目を潤ませ、エイミーは頬を緩ませる。返された穏やかな笑みに、ケイティも「こちらこそ」と微笑んだ。
「エイミーさーん、リーナさん終わったからこっち来てー!」
 窓際からエイラが手を振って呼びかけてくる。
「えっ、早くない!?」
「あー、あの子絵を描くのは本当に早いんです。戦闘にも関わるから」
 そうか、戦闘が必要な世界に生きる人たちだったな。改めて違う世界なのだなと認識しつつ、エイミーは立ち上がりエイラの元へと向かう。その横を歩きながら、ケイティは気遣わしげな顔をした。
「あの、大丈夫ですか? 嫌なら無理しなくて大丈夫ですからね?」
 先程エイミーが躊躇していたことを覚えていてくれたらしい。エイミーは「大丈夫」と目を細める。
「何だか、今の私ならむしろ描いて欲しくなって来たから」
 この心を包む温かさを感じている、今の自分を。
 我慢しているような表情ではないと判断したのか、ケイティは「そうですね」と頬を緩ませる。



「もー。どこの世界も女の子って買い物と着替え長いねー。ねーラプルゥ」
「ラープゥ」
 すっかり呆れてしまっているユアの頭を、膝に抱えられたラプルゥは丸い手でぽんぽんと撫でるのであった。




2016/08/31