「イマニス王国陸軍少将、セザリス・エリオットだ。よろしく」
「オレはエリザベス姐さんの秘書でトマス・ノーランドと申しますっス! こちらこそよろしくお願いします! ……ところで、姐さんのお友達にしては随分その、お若い気が……?」
女性に年齢に関することを口にするのがどれほど失礼なのか、トマスはきちんと理解している。しかし、それであってもこの関係は聞かずにいられなかったのだ。恐る恐る、といった様子のトマスだが、エリザベスは大して気にしていなかった。かつて年のことを悠羅に指摘された時その両頬を抓った頃に比べると彼女も随分落ち着いている。
「こいつは年を取らんからな」
さらりと告げられ、トマスは「え?」と言葉を取りこぼした。横で聞いていたセザリスも理解出来ずに僅かに眉をひそめる。
「ナディカ、それでは通じません」
冷静にそれを指摘したのはフォーネルレイズだった。ならお前が説明してやれ、役目だろ、とナディカは特に不快に思うことなくさらりと返す。
「あなたはそういうところは変わりませんね。――補足します。先ほど『時渡り』と申しましたが、それは【時】の意思の元あらゆる次元や時空、時間を行き来する存在のことを言います。この性質上、時渡りは年を取りません。ナディカたちの時間を見るに、我々が彼女たちと出会ってからはもう十年近くの時が経っているようですね」
ちらり、と視線がエリザベス、ルイスと流れると、ルイスはびくりと体を強張らせた。かつて彼らと会った時のことでも思い出しているのだろう。最後には慣れていたと思ったのは気のせいだっただろうか。
フォーネルレイズは『時渡り』の従者として【時】により作られた唯一の存在であり、性別がなければ定まった形も持たない。老若男女の人間にもなれれば、獣に姿を変えることも出来る。かつてはその特性を活かし、上陸した町の森で迷子になった悠羅とエリザベスが船長を務めた船の乗組員の少年の標となるべく、虎に変じて吠えたこともある。
非常に端的に説明を終了したフォーネルレイズは「役目は果たした」と言わんばかりの様子だが、聞いているセザリスとトマス、加えるならルイスも、未だに彼女たちに理解は及んでいなかった。
「うん、お前たちがいるなら私はお前たちと過ごすかな。アラン、それでいいな?」
悠羅の頭にぽんと手を置いたエリザベスがアランを振り返ると、アランは「もちろん」と笑顔を返す。
「お友達がいらっしゃったなら何よりです。悠羅さん、レイズさん、エリザベスさんをよろしくお願いします」
丁寧にアランが頭を下げると、悠羅は敬礼の形を取り元気に返事をし、フォーネルレイズはこくりと頷いた。
「トマス、お前はどうする?」
エリザベスが問いかけると、トマスは先ほどのレオンと同じような苦悩の仕方をし、最終的にぴんと全ての指を立てた手を前に突き出す。
「いえ、今は引いておきますっス。でも、オレも後でお話ししたいんで時間取ってもらえたら嬉しいっス」
爛々と輝く双眸には「詳しく話を聞きたい」という期待が込められていた。エリザベスは苦笑し、悠羅は「うん、じゃあまた後でね!」とトマスの突き出された手にハイタッチする。ノリが合うと思ったのか、トマスはぱっと笑顔を咲かせて元気に返事をした。
「君はいいのか、ルイス君」
固まったままのルイスに気遣ったセザリスが小声で声をかける。ルイスは引きつった顔のまま小さく頷いた。
「…………落ち着いてはいられるのですが、ちょっと、久々のレイズさんの存在はさすがにまだ受け止めきれません」
ああ、思い出した。かつて出会った時、同じく受け止めきれなかったルイスは彼女たちの存在を大晦日の夢だということにしたのだ。そうして、記憶の奥底に沈めたのだ。まさか事実であったとは、とこの宮に来た時以上の衝撃を受けていると、悠羅に引き連れられたエリザベスが別方向へと歩き出す。
「おいレイズ、縮め。見下ろされると腹立つ」
「あなたが成長したのは見目だけですか。……はぁ」
ため息とともにフォーネルレイズの姿が歪み、次の瞬間、そこには背の高い青年ではなく小柄な少女が現れた。
「これで満足ですね?」
じと目で見上げられ、エリザベスは「ああ、満足だ」と言葉通りの笑みを浮かべて自身よりずっと下に来た頭をがしがしと撫でる。再度の溜息は聞かなかったことにしているらしい。
その彼女たちが去っていくと、残されたアランはちらりと客人たちを見やった。
「……少し、どこかで休憩しますか」
知っていただろうにやはり固まるルイスのみならず、突然の変化にセザリスもトマスも開いた口が塞がらない様子で放心している。提案にも反応出来ないほどの衝撃を受けている彼らを、アランは呼び出したアシスタンツと共に休憩所に運んだ。