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 エリザベスが悠羅(正確にはフォーネルレイズ)に連れて来られたのは、いくつかある建物のうちのひとつ。その5階だった。
「ほぉ、凄いな。本当に一瞬じゃないか」
 感心したようにエリザベスは周囲を見回す。建物の1階に着いた際、エリザベスは5階に上がる手段の選択肢を与えられた。階段、エスカレーター、エレベーター、移動陣、と聞き慣れない単語が並んだので、「一番不思議なもの」と答え、その結果選ばれたのが移動陣だった。この宮に来た時のような魔法陣の上に立ち、目的の階数を言った途端にエリザベスの視界は不思議な光に包まれ、こうして今は5階の床に立っている。これは要望通り確かに不思議だ。ちなみに、フォーネルレイズが移動陣を選択したのは、それ以外の機械はいつか彼女たちの世界でも作られるかもしれないから、であるのだが、その理由まではエリザベスも気にしていない様子である。
「それにしてもユウラ、お前ここの住人のくせに何で建物の見分けがついてないんだ」
 呆れた目で見下ろすと、悠羅は頭の後ろに手を当てて緩く笑った。
「ごめんねー、あんまりここにいないし建物全部白色だから同じに見えちゃって。レイズが分かってるからいいかな〜って。ほらほら、それよりこっち来て。景色いいんだよ」
 誤魔化すというより本当にただ話を変えただけらしい悠羅は、屈託ない笑顔で歩き出す。半身だけ振り返りながら手招きする姿に、エリザベスはふっと口元を緩めてその後を追った。数メートルほど真っ直ぐ進んでから、コートを翻しながら悠羅が消えた角を左に曲がる。
 その瞬間、正面から風が吹き抜けた。
 強めの、少し冷たい、しかし爽やかなそれに軽く目を瞠る。視線の先には突き抜ける青い空と白い建物が見え、その合間合間に高い木が覗かれた。
 バルコニーらしく、それまで普通に見えていた廊下が暗く見え、逆に屋根が途切れた先からがとても明るく見える。ちょうどバルコニーに出た悠羅が振り返り大きく手を振った。
「ナディカさーん、こっちこっちー」
 相変わらず太陽の似合う娘だ。以前再会した時も相当時間が経っていた気がするが、今の方が懐かしさが強いのは何故だろう。覚えず緩む頬をそのままに、エリザベスもまたバルコニーに出る。エリザベスたちの世界は冬だが、この宮は中秋、あるいは晩秋ほどの季節のようで、外に出ても身を切るような寒さはなかった。
 そのまま手すりまで向かうと、視界は一気に太陽の明るい日差しに包まれる。吹き止まない風が少しだけ強く吹いた。風になびく藤色の長い髪を抑えながら、エリザベスは眼下に広がる景色を感心したように見下ろす。
「凄いな。いい景色だ」
 エリザベスが素直に褒めると、悠羅は「お気に入りの場所なんだ」と朗らかに笑った。
「座ってお茶でも飲む? 頼めばすぐに持ってきてくれるよ?」
 示されたのは右奥に設置されているいくつかのテーブルだった。少し考えてから、エリザベスは再び視線を眼下に向ける。
「いや、ここでいい。ああ、茶は貰うぞ」
 ふざけて手を2度打ち鳴らすと、どこからともなくアシスタンツが駆け寄ってきた。驚いている内に「ピャ」と差し出されたのは洒落た装丁のメニューで、お好きな物を選んでくださいと告げられる。――ピャーピャー言っているようにしか聞こえないのに、何故そんな言葉が伝わるのか。エリザベスは頭の隅でそんなことを疑問に思いながらメニューを開く。その間に悠羅とフォーネルレイズはそれぞれメニューも見ずにいちごラテとコーヒーを頼んだ。
「――酒」
「駄目に決まっているでしょう。夜まで待ちなさい」
 期待を込めて呟くが、それは即座にフォーネルレイズに却下される。盛大に舌打ちするものの、通らないのは分かっていたらしいエリザベスはすぐにハーブティーを頼んだ。了解を示してアシスタンツが姿を消すと、一同の視線は自然と手すりの向こう側へと向かう。
「……お前たちは、その後どうしていた?」
 ぽつりと囁くようにエリザベスが尋ねれば、悠羅は「いつも通りかな」とあっけらかんと答えた。
「色んな世界に行って、色んな人に出会って、色んな出来事に巻き込まれた。時々【時】の歪みがあったらそれを修正したりね」
 たとえば、と悠羅はその世界の話を、その人物の話を、その出来事の話を、身振り手振りを交えて語りだす。その間に頼んだ飲み物も来たので、手すりに寄りかかっているエリザベスはそれを飲みながら耳を傾けた。
 ややあって話が終わると、悠羅はエリザベスの隣で手すりによりかかり、彼女の顔を覗き込む。
「それで? ナディカさんは?」