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 エリザベスが喋ってくれることを確信しているような目に、僅かに表情が歪んだ。嫌だから、ではない。話したがっていることを見透かされていたことに気付いたから、だ。苦笑すると、エリザベスは「どこから話すかな」と青い空を見上げる。
「軍をな、辞めたんだ」
 何年も前の話だが、ここから話し出さないと何も話せないと思った。そしてその通り、エリザベスの話はそこからぽつりぽつりと続いていく。軍を辞めて議員になったこと。それを決めるまでに思ったこと。今目指していること。同じ世界の人間には口が裂けても言えない話をエリザベスは続けた。彼女が、彼女の従者が、決して誰にもこの話を漏らさないことを確信しているから。誰にも語れないまま胸の奥底でおりとなっている思いは、止め処なく溢れてくる。
 そうしてようやくエリザベスが唇を完全に閉じきる頃には、温かかったカップはすっかり冷えてしまっていた。
「――そっかー。色々あったし、色々考えてたんだね。それでも頑張ってきて、これからも頑張ろうとしてるんだから、ナディカさんはやっぱり強いね」
 素直に褒め称えてくる悠羅に、エリザベスはどこかすっきりした様子で笑みを浮かべる。
「それにしても、そっかー、そっちだったかー」
 突然悠羅が語調を変えた。ふざけているような声音に「何がだ?」とエリザベスが眉を歪めて不思議そうな顔をすると、ニッと悪戯っ子の笑みが返される。
「すっごく綺麗になったから旦那さんでも出来たのかと思ってたのに」
 からかうような口振りにエリザベスは呆れたように肩を竦めた。
「そんな暇はない。とりあえず今のは褒め言葉として受け取っておこう」
 軍人だった頃のエリザベスは髪も短く服装も男性の物だった。悠羅と会った時は2回ともその状態だったので、今のエリザベスを見て「変わった」と思うのも不思議はないだろう。
「……ん? そういえば、お前よく私だと分かったな。髪の色か?」
 ここで再会した時、悠羅は遠目からエリザベスに気付きその名を呼んでいた。自分でも随分変わったと思うのに、何年も会えなかった彼女がよく気付けたものだ。疑問と驚きを同時に浮かべていると、悠羅はピースにした指を目元に当て、その隙間からエリザベスを覗きこむ。満面を輝かせるのは自信たっぷりの笑顔である。
「時渡りの目に時間の経過は関係ないよ!」
 星でも飛ばしそうな弾んだ声での回答を受けたエリザベスは、彼女の後ろのフォーネルレイズに視線を向けた。解説しろ、と目で要求すれば、気付いたフォーネルレイズは自身の目を指差す。
「時渡りや私の目は時間の経過による変化に惑わされません。人間に限る話ではありませんが、個々の持つ時間は唯一なので、それを見ることによって同じ存在だと認識しているのです。あなたと以前再会した時も、随分成長していたにも関わらずすぐに分かったでしょう?」
 そういえば、以前再会した時も彼女はすぐに自分を認識して挨拶してきた。今ほど自分で「変わった」と思っていなかったのであの時は気にしなかったが、今考えるとあれも十分不思議な状態だったわけだ。
「なるほど……よく分からんが、個人ごとのIDがあるという感じなわけだな。便利だな」
「あなた、他の言い方が」
「うん、便利だよー」
 あるでしょう、と続くはずの言葉は真正面から認めた悠羅に攫われる。溜め息をつき、フォーネルレイズは「あなたは特に気をつけなさい」と呆れつつ注意を告げた。
「さて。湿っぽい話は終わりだ。もっと楽しい話をしよう。ああ、その前に新しい茶だな。おい、同じ物」
 先ほどので味を占めたのか、エリザベスは手を叩き合わせる。途中まで近付いてきていたアシスタンツは敬礼を返した。悠羅とフォーネルレイズも空のカップを渡して別の物を頼んだ。
 次の飲み物が来るまでの僅かな時間、3人は次の話題を探るべく適当に話し始める。そこには、親しい友人同士の気軽な空気が流れていた。



2017/01/11