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「やあ諸君、元気にしていたかね」
 爽やかな声と爽やかな笑顔で登場したのは、ベージュ色のコートを纏ったオレンジ色の髪の青年――パトリック・ジェラルディーン。かつて「 あの場所」へ行った時一緒にいた最後のひとりだ。緊迫した雰囲気の中飛び込んできた底抜けに明るい挨拶に、思わず空気が固まって数 拍。ようやく事態を認識したトマスが叫び声にも似た声を上げる。
「って、パトさんすか!?」
「おい人騒がせな真似してんじゃ――ご機嫌いかがですか少将!」
 感情のまま怒鳴りかけたレオンだが、パトリックの背後から現れた茶色い髪と緑色の目をした青年を見て一気に怒りを氷解させた。色合 いこそロドリグに似通っているが、纏う雰囲気がまるで違うこの青年は、ロドリグの兄でありかつてレオンの上司であった陸軍少将、セザリス・ エリオットである。
「ん、ああ。ベルモンドか。他の面々もいるようだが――」
 訪れてきた側でありながら、何故かセザリスは疑問を抱く側のようだ。それは何故こんなに部屋の者が緊張状態なのかという点だけではな く、何故この場にわざわざ自分を連れてきたのかも含まれているらしい。その視線はパトリックに向いていた。当のパトリックはその視線に気 付かず、何故こんなに緊張していたのかに首を傾げている。
「パトリックさん、兄さんも。どうしました突然?」
 落ち着いたロドリグが代表して尋ねると、セザリスは「俺が訊きたい」と顎でパトリックを示した。示されたパトリックは、コートのボタンをいくつ か開け、内ポケットに手を伸ばす。そして数秒後、そこから白い封筒を取り出した。
「何、かの宮にいる我が友人から誘いを受けたのでね。皆も共にどうかと思って。いやはや、今日集まってくれていて助かったよ。ひとりひとり誘 いに行くのは大変だからね」
 ははは、と爽やかにパトリックが笑うと、陰に隠れているエリザベス、壁になっているトマス、突然連れてこられたセザリスは疑問符を飛ばす。 一方で、彼の言葉が理解出来た面々は一瞬言葉をなくし、次の瞬間爆発した。
「えぇーーーっ、ちょっともっと早く言ってよパトリックさん! そしたらもっと色々準備出来たのに! あっ、でも今日女性陣みんなあたしが作っ た服だ! よしっ、最低限の準備はオッケー」
「半年ぶりの再会か。向こうでどれだけ過ぎているか知らねぇが、今度こそ俺が勝つ!」
「落ち着け落ち着け。大丈夫、一回行った所じゃないか。また彼らに会えると思えば楽しい話だ。移動のことはさておこう、自分」
「またみんなに会えるんだ、楽しみだねリーちゃん」
「はい! あちらの方も何か変わっているんですかね?」
「ああどうしましょう、料理は全部出して――あ、いえ、作りすぎた物が少しだけ残っていましたね。そちらをお持ちして味を見ていただきましょ う。ついでにしばらく部屋に誰も近付かないよう伝えてきます」
 言下ロドリグは兄の横を通り抜けて廊下を駆け抜けていく。滅多に見ない弟の落ち着かない様子に、セザリスは軽く目を見張ってロドリグ が消えた廊下を眺めた。
 ややあってロドリグがバスケットと共に戻ってくると、扉は締め切られ、一同はパトリックがテーブルに置いた手紙を半円状に囲んだ。読めな い字にトマスが「何て書いてあるんすか?」と訊いた直後、音が空気を揺らす。
『やあ、久しいな犀利さいりの君。その後壮健にしているかね?』
 ここにいる誰もの者でもない声に、セザリス、トマス、彼の背後のエリザベスが辺りを見回した。もちろん誰の姿もない。そんなことをしている 間に、声はどんどん先に進む。そのたびに手紙の文字が光っていることに、驚いている面々の中で最初に気付いたのはルイスとトマスの間か ら手紙に目をやったエリザベスだ。どうなっている、とその目は大きく見開かれていた。
『――ということで、管理代行人殿の許可も取れたので、正式に君たちをこちらにお招きしよう。2枚目の紙に召喚の陣を描いて送るので、 それを利用してくれ。使用方法は、まずこの手紙を最後まで読む――いや、聞く。そうすると、最後の音と同時に陣の準備が整う。そうした ら、魔法陣の紙を時計回りに1回転させる。この時点で紙が光るのでばれてはいけない相手の前ではやらぬよう気を付けるのだぞ。陣が光 りだしたら、移動したい者に紙に触れさせる。指先でも触れていれば構わんが、手紙を聞いていない者は弾いてしまうからな。連れて来たい 者にはちゃんと聞かせてくれ。全員が触れたらこう唱えるのだ。「風吹く宮へ」、と』
 それでは君たちの来訪を心よりお待ち申し上げるぞ。その言葉を最後に、姿なき声は消えうせる。しん、とする中、パトリックは手紙の2枚 目を上にした。
「ということだ。これでこの場にいる全員が移動の資格を得たことになる。さ、紙を回転させるので、皆手を触れてくれたまえ」
 言下パトリックが魔法陣の描かれた紙を指示通りに回すと、声が告げた通りに紙が光り出す。おお、と感心するのは以前これ以上の不思 議な体験をしたことのある面々だ。残った面々のうち、セザリスは表情を固めたまま目を見開き、トマスは目と口を大きく開け、エリザベスは 軽く目を瞠った。
 パトリックから始まり、マリアンヌ、レオン、ロドリグ、リーナ、エイミー、ルイスが手を置き、その合間にエリザベスが手を伸ばすと、釣られるよう にトマスも紙に手を置く。残ったセザリスは、「ほら君も」とパトリックに促され慎重に手を伸ばした。
 そうして全員の手が紙に置かれると、パトリックはにっと唇を引き延ばす。双眸を輝かせるのは、かつて出会った友との再会に抱く希望。
「いざ、風吹く宮へ!」
 合図を機に部屋中に光が溢れ、次の瞬間、部屋から彼らの姿は掻き消えた。