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第8話 「異変の兆し」
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 弐の国の王都にある大聖堂と並ぶ巨大さを誇る教会からはいつもの厳粛な空気の一切が取り払われ騒然としていた。扉は大きく両側に開け放たれ、そこからは続々と洗礼を受け終わった武器が運び出されている。その光景を、林の中からティナはこっそりと眺めていた。そも《スペード》の力の影響か否かは知らないが、ティナは他の者達よりよほど魔者に対する勘が優れている。そしてそれに関連するためか、教会で清めきれていない物も瞬時に見抜けるのだ。他の者がやるよりずっと早く、かつ正確なのでいつもアズハはティナをつれて搬送の指揮を取っていた。が、本日はそれに頭が回らぬほど不機嫌らしい。
 なので、顔を見せぬようにこっそり覗いて確かめることにしたのだ。そろそろと木々の間から顔を出すティナ。その視線の先では山ほど積まれた武器が次々に運び出されひとつひとつ点検されている。あんなことしなくても私なら見ただけで分かるのに。ぼやきながらティナはよく目を凝らした。教会から離れている方から順々に、ゆっくりと視線を流す。そうして長い時間をかけて最後の方にまで達しても、これと言って穢(けが)れの残るものがなかったことに安堵した。すると、その背に声がかけられる。
「何やってんのお前?」
 頭に葉っぱをつけて茂みからほふく前進で出てきている最中の者に言われたくないなと思うのは当然だろう。それでも、ティナは自分以上に異様な行動を取っているエルマにあきれを払えぬまま答えた。
「穢れの残ってる武器がないか点け――」
 言葉途中で止まるティナ。それでも納得したエルマはどうしたとも思わぬまま立ち上がろうとする。すると、その鼻先を掠め何かが地面に突き立てられた。ぼんやりと自分は映す鉄の棒と半分ほど刀身の埋まったスペード形の刃、そしてそれを辿った先にあるティナの強張った顔を見てエルマはただならぬ空気を感じ取る。閉口したエルマに、ティナは熱に浮かされたかのように独白した。
「……どうして? どうしてこんなになるまで気付かなかったの……?」
 ありえない。ひしひしと伝わってくる言葉にされない彼女の思いに、相手を刺激しないようにそろりと立ち上がったエルマは首を傾げる。
「何が?」
 問うてもティナは答えなかった。代わりにクラブ隊の団舎へ行くことを告げたので、エルマはその意図を量はかりながら歩き出したティナの後を追う。エルマはその時疑問と言うか違和感と言うか、なんとも言いがたい奇妙な感覚を覚えた。対象は、今目の前にいる少女。こんな奴だっただろうか。こんな風に険しい顔をして、こんな風に背筋が冷やされるような空気を纏まとう奴だっただろうか。何かあったのか問おうとしてやめた。人に聞いて欲しいことなら自分から言ってくるはずだ。それがないのならわざわざ踏みこんで不興を買う必要もない。
 結局エルマはそれについては終始無言でいることを決めた。そしてその代わりに自分の探しモノについて尋ねてみる。
「なーティナ、狐知んねぇ?」
「狐?」
 真正面しか見ていなかったティナが足を止めぬままエルマに顔を向ける。
「おー。汚れたチビで真っ赤な目ぇしてる奴。最近うちの団舎いついてたろ?」
「ああ、話は聞いてるよ。私は見たことないけどね」
「で、そいつが昨日の夜からいないんだよな。いくらエサ置いても食った跡ないし」
「森に帰ったんじゃないの?」
 そう意見するとエルマは頭を掻きながら唸った。
「それならいーんだけどさ、あいつのこと見たって奴が何人かいんだよ。それも団舎の周りで。だから気になっちゃってさ」
 ふーん、と気も無げに返しながら、だからと言って這いつくばってまで探すかとティナは内心で呆れる。そんなことより気にしなくてはいけないことが自分の周りで起こっていると言うのに。



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