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第8話 「異変の兆し」
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 薄く雲が広がりはじめた空の下、案内されたのは団舎と厩の間に広がる草原だった。その中程まで来て、一行の一番後ろにいたティナは止まるように言う。素直に立ち止まったエルマが振り返るのと同時に、ティナは動いた。
「エルマ離れてっ!!」
 その切迫した声にエルマは反射的に手を地面について身体を丸め横に転がる。しかし突然のことに対処しきれずにQは戸惑う暇すらなくティナが繰り出した鋭い一撃を腹に受けた。Qの腹に沈む狼籐を見てエルマは瞬間目の前が真っ白になる。だがうめき声を上げる配下にすぐに正気を取り戻した。
「ティナッ! お前Qになんてこと――っ!!」
 立ち上がり怒鳴りながらQに駆け寄ろうとするエルマに、ティナは怒号を放つ。
「動くなエルマッッ!!」
 空気が震えるほどのそれにエルマは否応なくその場に縫い付けられる。反射的に身体を跳ねさせびくついた彼へ、ティナはQから目を逸らさずに応じる。
「私は、"Qには"何もしてない」
「ば、馬鹿言うなよ! 現に今――」
「エルマ」
 ティナの硬い声にエルマは口を紡ぐ。更に彼から言葉を奪ったのは引き抜かれた狼籐の刃を濡らし細い糸を引く『Q』の血の色。
「人間の血の色は、黒なの?」
 そこに散るはずの鮮血は人の血の色をしてはいなかった。人ならざるものに流れる禍々しい黒き血が、エルマの目に焼きつく。嘘だ、と言いたかった。しかしそれを口にするにはエルマは魔者と対峙しすぎている。『Q』が放つ魔者特有の瘴気が膨れ上がるのを感覚で捕らえると、烏葉を持ち直して油断なく構えた。それに並んでティナも狼籐の血を振り払うついでに後ろへ飛びのく。前かがみになり顔を見せない『Q』の周囲がざわりと揺れた。
【もうばれたか……何故だ?】
 尋ねると言うよりも独白する『Q』にティナは冷えた視線を向ける。
「なめないで。あれだけ近くにいて分からないわけないでしょ。それに言動からおかしいじゃない。どうして隊第4位の高位のQが自分から使い走りになろうとするの? どうして文武を修めなくちゃいけない立場のQが他の団員が少し調べて分かることを知らないの? どうして歴戦の騎士であるQがあの状況で魔者の可能性を口にしないの?」
 どれもこれも「Q」が取るにはおかしい行動だ。Qは文武両方を修め、特にその知恵で隊を支える役を担う。にもかかわらず、この『Q』はその義務を放棄していた。どんな状況であろうとも自らの役を忘れるような愚か者はこのトランプ騎士団にはいない。
「さっき出て行こうとしたのはどうせ他の隊も荒らしに行こうとしてたんでしょう」
 きっぱり言い切ったティナにエルマはここに来て最初に顔を合わせた『Q』が何故ああも驚いたのかを理解した。これから食事なり撹乱なりに行こうとしている時に隊長位2人に会ってしまえばそれはそうもなるだろう。そうエルマが納得する視線の先で、『Q』が笑い出した。そしてそれに呼応するようにその体が変化していく。ぎょっとエルマが目をむくと、突然風が吹いた。あまりの強風にエルマのみならずティナまでが目を瞑る。
 数秒ののち、風はぴたりとやんだ。人為的なそれは、力の強い魔者の登場と退場の時に吹くものとして知られるものだった。押し寄せてくる魔者の気に、ティナは強く目を開く。視界に入ったのは黒衣を着た赤い双眸の男。魔者は人に近い姿をしているほど強い力を有する。これほど人に近いということは、相当の力を持っているはずだ。そんなことを考えていると、隣でエルマがあっと声を立てた。やはり例の狐に化けていたらしい。



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