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第8話 「異変の兆し」
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 整った――整いすぎて人形のような端麗さを誇るソレは、唇を歪めた。
【今こそ我らの積年の恨みを晴らす時。怨敵《スペード》を血祭りにあげる時!】
 魔者は獣の唸り声のような声を上げる。ソレを聴いてエルマは真面目な顔で冗談めかしティナに声をかけた。
「なんか恨まれてるぞティナ。何やった?」
「魔者に恨まれることなんてスペードになってから数え切れないくらいしたけど?」
 そう答えながら、ティナはコレが言っているのは自分のことだけではないがと肩を竦めた。恐らく魔者が言っている「恨み」とは歴代《スペード》たちのことだろう。そうでなくば力の使えない自分をここまで恨んで来るはずがない。
【当代の《スペード》は恐れるに足らず。今こそ長きに渡る戦を決してやろう。覚悟しろ! 力なき《スペード》っ!!】
 魔者の言葉にぴくっとティナのこめかみが引きつる。自覚していないわけではない。現にまだ力を使えなかった。だが――。
「魔者ごときにそんなこと言われる筋合いはないっ!!!!」
 言下に地面を蹴り低く身をかがめ、ティナは一気に間合いをつめる。振るわれた狼籐の速さが予想外であったのか、魔者は避けそこなった。太ももが裂かれ黒い血が飛び散る。外側に流れた刃を返すためにティナは重りの直前まで左手を下ろし自分の方へと引いた。すると右手の後押しも加わり狼籐は空気を切る高い音を立てて魔者の喉元に迫る。しかし、それは残像を捕らえて空を刈った。成長の止まった体ゆえのリーチの短さにティナは隠さずに舌打ちする。
【遅い遅い】
 小馬鹿にした笑い声は後ろから。ティナは強く踏み込んで自分を軸に狼籐を回転させるが、間に合わない。心臓に向かって伸ばされた鋭い爪が間近まで迫る。すると、脇からの突きがそれを貫いた。魔者がけたたましい悲鳴を上げ飛びのく。後に引いた黒い血に一瞬呆然としたティナはすぐに助力の主を振り仰いだ。
「1人でつっぱしんなよ」
 不機嫌そうに唇を尖らせてそう言ってくるエルマに、ティナも負けじと言い返――そうとしたが、エルマの次の言葉に止められる。
「お前は強いよティナ。だからあんな奴に乱されんなって。どうしてもムカつくってんならオレも混ぜろ。てかやらせろ。オレの隊あいつのせいでぼろぼろにされちまったんだ。――それに、Qの居場所訊かねーと。場合によっちゃ……」
 言葉尻に被って烏葉が強く握られる。指が白むほど力が込められているそれを見て、ティナは彼の心中を慮った。大切な配下の一人の行方が、行方どころか生死すら不明なのだ。心安らかであれるはずがない。それを気遣ってティナは頷くだけに反応を止めた。だが聞こえていたのか、魔者は病的な笑い声を響かせる。
【Q? Q、俺が代わった奴のことか?】
 わざとらしい問いかけにティナもエルマも答えない。しかし魔者は面白がっているように喉を鳴らす。
【馬鹿な奴らだ。俺は何だ? ヒトか?】
 距離が開いているせいか強気な魔者のその焦らすような物言いに、エルマはぞっと背筋を冷やした。彼の表情が変わったのを見て取ったのか、魔者は残酷な笑みを浮かべる。
【喰らってやったさ。肉も骨も1つ残さずに】
 声が、静かな草原に響いた。その響がまだ残る中、エルマは怒りに全身の毛が逆立つのを感じる。飛び出そうとしたのを狼籐が制してきた。見ればティナの表情も険しく怒りに深まっている。
 沈黙の中に伝わる言葉。
『共に、倒す』
 エルマは頷くと烏葉を一回転させて構え直す。続いてティナも狼籐を構えた。
 一呼吸分の沈黙。
 風が草を揺らして戦いの始まりを告げる。



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