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第10話 「開戦! 騎士対魔者」 1
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 出陣から十数分、前線の団員たちがにわかに騒ぎ出した。何事かを大音声(だいおんじょう)に問えば、まるでリレーのように前方から報告がもたらされる。

「戦った跡が」

「魔者の死体も」

「赤い血もあります」

「あちらで打ち合う音が」

「悲鳴がしました」

 次々によこされる断片的な報告に、ティナは後をアズハに任せると伝令を走らせ、自隊の騎馬兵を率い先駆けた。少しも行かないうちに、人と魔者の攻防が演じられているのに行き当たる。その最前線で懸命に剣を振るっている血まみれの老騎士に向かってティナは大声で呼びかけた。

「おお大隊長殿! ふんぬぁっ! お越しいただけましたか。助かりましたぞ!」

 言葉半ばの気合と共に接近していた魔者が首を飛ばされる。老いてなお衰えぬその強力(ごうりき)にティナは感嘆した。しかし彼を含めてその場にいる人の数があまりに少ないことに眉をひそめる。

「他の方々は? 何故いないんですか!?」

 狼籐を振るいAにたかる魔者を退けながら尋ねると、Aは顔を歪め歯噛みした。

「申し訳ありません……っ。北の森に向かう途中に魔者の集団に襲われ、一度は退けたのですが再び更に多勢で押し寄せられたのです。一部を相手にしている最中に他の奴らめにさらわれてしまい――何とか救い出そうと奮闘したのですが……いえ、言い訳にすぎませぬ。申し訳ありません」

 それでも数人は救い出せたようだ。震えて正体が定かになっていない者がざっと見渡したところ9人。服や皮膚が切れている者もいるが、騎士たちも含め誰も致命傷と呼べるような怪我は負っていない。ティナは改めてAに慰撫の言葉をかけて彼を安堵させる。そして、いったん後方の本隊に戻るように命じた。それと同時に隊員の1人に本隊は一刻も早く進軍するように伝令を任せる。そうして自分は状況不利を悟って距離をとる魔者たちに向き直った。するとその時、耐え難い頭痛に襲われる。突き抜けるような痛みに顔をしかめると、それの向こうで"彼女"が泣き叫んでいる姿が見えた。

 何故泣いている。不愉快そうにティナは考える。"彼"は助かったはずだ。なのに――。そう考えたところで、ティナは目を見開き後退していく一団を振り向いた。まだ姿が判断出来る所にいた彼らを見て、ティナは体中の血液を冷めさせる。細かに震える唇は絶望を映し言葉にならない声を紡ぎだした。

 視界の先にいる人々。その中に、"彼"はいない。

 それを悟ったとき、ティナ――あるいはレティシアかも分からない――は考えるより早く駆け出していた。後方から慌てた声をかけながらも追いかけてくる配下たちの声は届くことなく虚しく霧散する。







 アズハは無事に帰ってきた配下たちの塩梅を確かめ安堵する暇すら与えられず別件に頭を抱えさせられた。

「1人で進軍した!? 何を考えてるんだあいつは……っ!!」

 進む足を止めずに伝令の報告を聞いていたアズハは馬が不満のいななきをもらすほど強く自分の足に拳を叩きつける。功を焦る娘ではない。その行動がどれほど危険なのかを理解できない愚か者でもない。なのに何故そんな無鉄砲な真似をしたのか、アズハには理解出来なかった。散々悩んでいるところに団員の1人が調査団の処遇を如何様にするかを尋ねてくる。すぐにジョーカー隊に引き取ってもらい護衛を数名つけて引き返させるように命じ、そしてアズハは気付いた。ティナの考えなしの行動の理由を。

 恐らく今彼女を突き動かしているのはティナではない。もう1人の、彼女が否定し続けている"彼女"。そう理解すると芋づる式に彼女が今冷静でないことが判明する。アズハは大音声で進軍速度を上げると告げた。







 隊列の最後部のジョーカー隊にいたクレイドはアズハからの伝令に従い護衛をつけて調査団を送り出した。片頬を上げて皮肉っぽく笑っている彼に、その隣にいたラムダが声をかける。

「……どう思う?」

 何が、とは付けないのが彼らしい。しかし心得ているクレイドはああと頷き遙か彼方に視線を投げた。

「まずいんじゃないかねぇ。ティナもアズハもエルマも3人して覚悟が足りてねーしイユも引っ張られる形で何も出来てねぇ。このままじゃ勝てねぇな」

 楽観はしない。ただし悲観もしていない。ただ淡々と真実を口にするクレイドにラムダも頷く。

「アズハは囚われすぎている。あまりに近くで俺たちを見すぎたから。エルマはまだ甘えがある。ティナはまだ思い出せていない」

 一区切り一区切りしっかりと口にするラムダ。その双眸には微かだが珍しく焦燥が映っていた。現職の隊長であった頃からの友人に一度目を向けてから、クレイドは再び遠くに視線をやる。双眸に映るのは、果たして希望か絶望か。雲にまかれた空は暗くよどんでいた。




 

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