戻る   

第10話 「開戦! 騎士対魔者」 2
/

 そこは見慣れているはずの森ではなかった。

 溢れ出てくる禍々しい空気にティナのみならず普通の団員たちまで顔をしかめている。こんなになるまで何故気付けなかったのか。本日何度目かの後悔が頭を駆け巡っているティナは今にも暴れだしそうな馬を必死に制御していた。どうやら馬にも分かるらしい。今あまりにも大きすぎる危険に直面しているのだ、と。

「大隊長、このまま進むのは危険です。本隊を待ちましょう!」

 馬を並べて隊員が助言してくる。楽観出来ない状況に素直にティナが頷こうとすると、それを遮るように入り口から程近い所で悲鳴が上がった。それが誘いであるいことなどすぐに見切れたが、守るべき対象の危機が目の前に迫っていると分かった以上そこで足踏みしているわけには行かない。物言わずティナが馬を進めると、そう決断したティナの気持ちが分かった年かさの騎士たちは若い騎士に残るように言いつけてそれに続いた。しばらくは闇に近い木々の通路を疾駆していた一行は、不意に開いた地形に出てとっさに馬を止めた。同時に、全ての言葉を失ってしまう。

 薄暗いライトに照らされる森の開けた場所は、数え切れないほどの魔者に埋め尽くされていた。上空では異形の羽が生えた魔者が奇声を上げている。かつて見たことがない大群にどう対処するかと懸命に頭を働かせるティナにいち早く我に返った騎士が声をかけた。

「人がっ!」

 それだけの言葉にティナは一切を了解する。ティナたちと魔者たちのちょうど中間辺り――若干ティナたち寄りに4人……いや、5人倒れていた。あちこちに傷はついているが死んではいないらしい。うめき声を上げて身もだえしている。ティナは身振りで付き従ってきた隊員たちに指示を出した。隊員たちは剣をすらりと引き抜き弓を構える。こちらに戦う意思ありと見て魔者たちもジリと近付いてきた。数瞬の沈黙。ティナが馬の手綱を打ちつけた音を契機に場は動いた。

 ティナと他2名が倒れている者を越えて武器を構え押し寄せてくる魔者たちと対峙し、3人が倒れている者たちを助け起こし、残った2人が弓を使って掩護に回る。しかしやはり多勢に無勢。ティナたちは魔者に囲まれ進退窮まった。しかも鋭い牙や爪にも困窮しているというのに、どうやらここに集まっている魔者たちは特有の力を持っているレベルらしい。輪の後方にいる魔者が腕を振り上げると上空に雷が出現した。アリのような抵抗を重ねるティナたちを嘲笑うように、雷は一直線に下りてくる。

 しかし、頭上まで迫ったそれは横から飛来した何かに当たると空中で激しく四方に広がり、やがて消えた。ややあって落ちてきたのは、黒焦げの剣。

 硬直していたティナは知らず止めていた息を吐き出し後方を振り返る。それと同時に大地を揺るがさんばかりの喚声を響かせ騎士団が突撃して来た。少しもせず、そこは激戦の場へと変わる。ティナは安堵するとすぐに調査団を後方へ送るように指示を出した。そう出来た自分をティナは内心で大いに褒める。

 調査団の総員は15人。先に9名助け、ここで5名助けた。姿の確認出来ない残りの1名を、ティナは"彼女"の泣き叫ぶ声で知る。ひどくなった頭痛に耐えていると、いきなりその腕を掴まれた。とっさに振り払おうとしたが、それがエルマだと分かりやめる。何? 目でそう尋ねると、エルマは口早に説明してくる。

「アズハから伝言。この場はオレらとジョーカー隊で押さえるから他3隊は合図と共に先に進軍するってさ。他の奴らにはもう伝わってるから、お前も遅れんなよ」

 ティナは納得を示してからじっとエルマを見つめる。困惑しているその視線にエルマは首を傾げた。

「何?」

「……怒ってないの? 私さっき――」

「怒ってるよ。お前も自分が悪いと思ってないから謝んねーんだろ?」

 図星をつかれティナは口を噤む。

「でも今は喧嘩してるときじゃねーし。騎士としてやるべきことはしなくちゃだろ? 喧嘩はお預け。仲直りしたわけじゃねーからな。お前が謝るまでぜーったい許してやんねーし!」

 念を押すエルマに苦笑したとき、どこからか鉦(かね)の音がした。合図だ、と言って背中を叩いてくるエルマに頷き、ティナは駆け出した一団に続いて馬に鞭を入れる。それを見送ったクラブ隊は一度集合すると、先へ進んだ仲間達の後背を守るべく進路を塞ぎ、それぞれが再び戦いへと望んだ。

 その姿を、固まっている魔者たちの後ろから異様な光を称えた目が眺めている。

【オデノ、エモノ――】

 唾液を垂らし両の口角を上げた魔者は、耳障りな笑い声を立てて図太い両手を真上に上げた。

 空中に炎が生じる。





 

このページのトップへ戻る