第10話 「開戦! 騎士対魔者」 5
ソレを見るのははじめてだ。なのに、ティナはソレを知っていた。祖父から受け継いだ《スペード》の記憶がソレのことを伝えてくる。これまで見てきた中で最も人間と見劣りしない容姿。それでもヒトではないと全身の細胞が叫んでいる。この邪気の満ちる場にありなお濃い瘴気を漂わせるソレは冷たい切れ長の目をティナに向け口元に嘲笑を刻んだ。
【はじめて会うな、今の力なき《スペード》。貴様のことは先に貴様らの元へ送った者から聞いている】
見下した言葉を紡いでくるソレに、しかしティナは心乱されることなく対峙する。それの背後左右には多量の魔者が居並んでいた。まるで人の王を模しているかのようなその様子に、ティナはそれが今回の頭格であり、高い知能の持ち主であることを理解する。同時に、下手に手を出しては危険だと目で見て分かる以上の何かを諭され次の行動を取りかねた。そんなティナの沈黙をどう受け取ったのかソレは大仰に両腕を開いて立ち上がる。芝居じみたその行動からはおかしな威圧感が放たれていた。
【改めて名乗ろう。我が名はジャズベリンっ! 貴様らを滅ぼす者の名だ。覚えておけ、無力な《スペード》ッ!!】
頭の中に声が響く。表層では目の前のジャズベリンの声が。内では10年前逃してしまい消滅させることの出来なかった魔者の登場に猛る狼籐の声が。
ジャズベリン。10年前――ティナが力を受け継ぐ前、セルヴァが最後に戦った魔者だ。大軍の指揮者であったが情勢危機と見るやいち早く戦場を離脱したため、逃してしまった。そして今、当時よりも更に力を蓄えティナの前に立ちはだかっている。そのことに、ティナは疑問を抱いた。魔者の増力は己を発生させた人間の血肉を喰らうことが一番とされている。それで力は格段に上がる上、主死後に消滅することがなくなるのだ、と。狼籐がよこす知識によると、この魔者はすでに過去その対象を喰らい殺しているはずだ。基礎値の高さに加えそれで得た力によって、アレは大軍を指揮するまでに至った。発生主の血肉はそれだけの効果を持つ。逆に言うと、それ以外の増力方法は効果が薄い。
故にこその、疑問。
アレがはじめてここに攻めてきた時からまだたった10年しか経ってない。ここまでの力を有するにはあまりに短い時間だ。
(なら、何か力の供給元があるはず。それさえ断てれば……)
魔者のエサにして増力の元。それは、人間の持つ負の感情。恐らく近くにその感情の持ち主がいるはずだ。どこからかさらってきたか、もしくは――。探るような目をするティナに、ジャズベリンがフンと鼻を鳴らした。
【その顔は私の力の元を考えているものか? 教えてやってもいいのだぞ。どうせ教えてもお前にはどうしようもないからな】
言下にその足元に人が1人押し出されて倒れる。気を失っているそれを見て、"ティナ"は、その男の名を叫んだ。
「ハイネルッッ!!」
狼籐を握り締め地面を踏む足に力を込めて駆け出そうとすると、その瞬間にジャズベリンの声に行動を封じられた。
【私はな、《スペード》。この人間のお前に対する憎しみに引かれてきたんだ】
それを、衝撃と言わずに何と言えばいいのだろう。
目を見開き、驚愕に戦う意思をそがれたティナは、ポツリと何事かを呟いた。しかしそれは言葉にすらなっていない。ジャズベリンは薄笑いを浮かべて足元に転がるハイネルの胸倉を掴み上げる。
【残念ながら私には心を読む力はないから詳細は見れんがね、この男が抱くお前の裏切りに対する怒りと悲しみはよく分かる】
ジャズベリンの喉が、クッと鳴る。
【私を呼び寄せるほど恨みを持たせるなど、何をしたのだ《スペード》?】
「――お前には――」
関係ない。そう言おうとしたのを呆気なく遮られた。
【関係ないか?まあいい。ところで《スペード》、この大森林に入った時に何か感じなかったか?】
しつこいほど《スペード》と繰り返す魔者に不愉快そうな視線をよこすだけでティナは問いかけには答えなかった。この邪気に満ちた森の中で魔者の存在以外の何を感じ取れというのか。そう考える冷めた思考の向こうに確かにある焦燥は、一体何のためか。ハイネルが危険な状況にあるからか、対峙する魔者がかつて類を見ないほど知恵を持っているからか、それともこの魔者言う「何か」を知らず感じ取ったのか。答えは導き出せなかった。しかしジャズベリンはすぐに話を変えた。