第12話 「決戦! アズハVSメーリッド」 3
手の内にあるのは刃に黒い血を滴らせた大剣。頭に響く聞き慣れぬ――しかしすんなりと受け入れてしまう声が告げる言葉によって、それが茜日の変形だと知ってアズハは驚き覚めやらぬまま小さな声で何故と呟く。するとラムダが良く通る声で答えた。
「条件を満たした。『果断たれ』。それだけだ」
再び言葉少なになったラムダにアズハはようやく"あの時"の彼の言葉の真意を紡ぎ出すことが出来た。
『忘れろ。こだわるな。思い切れ』
つまりこういうことだ。
『自分達(先代)がどう戦ったかは忘れろ。茜日の力にこだわるな。思い切って戦え』
なるほど確かに、忘れこだわらず思い切った結果茜日は目覚めた。
長年の願いが叶った感慨にふけりかけたアズハだが、瞬時に表情を切り替える。まだ戦いは終わっていないと思い出したのだ。振り返り油断なく大剣を構える。その視線の先で、メーリッドは苦痛にのた打ち回っている。両の腕は皮一枚でつながっている状態でぶら下がっており、胸には斜め一文字に大きな傷がついていた。その顔に、すでに余裕は微塵もない。滝のように流れる黒い血は止まることなく地面に流れ落ちていく。メーリッドは狂気に血走った目をアズハに向けた。
【……覚えていなさい、アズハ・ヒルク……っ! 次はただでは済ませませんよ】
言下に深い霧が一瞬にして周辺に広がった。視界を遮られると、そこからメーリッドの気配が消える。アズハは一度視線を巡らせると、黙って大剣を下ろした。
しかしその様を見て、霧の中で凄絶な笑みを浮かべるものが在る。誰あろう、逃げたはずのメーリッドだ。メーリッドという魔者は、人に近い様相を持ち、人に近い思考を持つ。故に知るのだ。「演じる」という行動と、その意味を。この魔者は己をずっと作ってきた。危機的状況になると必ず逃げるようなタイプだと思わせるために言動を調整してきている。だからきっとアズハもそう思っているはずだ。現にあの男は武器を下ろした。今こそ首を噛み千切ってやろう。
メーリッドは狙いをつけて飛び掛る。しかし、間近に迫ったところでその動きを止められてしまった。他ならぬ、アズハの拳に。
「な……っ!? あ……ッ!!」
あごのすぐ下に当てられる岩のような拳にメーリッドは完全に制される。動きたくともよこされる重圧感に息を吸うことすらままならない。
「お前ならこう来ると思った。下と見ていた者に手傷を負わされおめおめ逃げるような性格じゃないからな、メーリッド」
アズハは振り向かない。背中越しに投げ渡される言葉にメーリッドはクッと喉を鳴らす。
【……参りましたね。まぁ、今回は死んであげますよアズハ・ヒルク。力を求めるあなたから生まれた私が、力を得たあなたに殺されるのも皮肉ながら面白い】
減らず口を。と思ったが、アズハはそうかと呟き返していた。
【ですがまたあなたの前に現れますよ。私は魔者。人が滅びぬ限り決して滅びない存在なのですから。あなたが生きて強さを求める限り、私が消滅することはない】
ごきげんよう、アズハ・ヒルク――――。
その言葉は空に霧散した。振り上げられた拳に破裂するかのように粉々になったそれの肉片と血の雨と共に。血を噴き倒れる胴体を一瞥し、アズハはグローブに変わった茜日に覆われている己の両拳に目を落とす。 変化は、メーリッドの警戒を解くために大剣を下ろした直後のことだった。存外に威力のある武器だ、と、そう考えてアズハはすぐに首を横に振る。これは武器のみの力ではないと、少しだけ、うぬぼれることにした。