第13話 「決戦! イユVSブルック」 2
「だってそうでしょ? 魔者を生み出してしまうほど悩んでいたのに、あたしたちは何も出来なかったのよ。いつも近くにいたのに。……あの子は、あたしを助けてくれたのに」
3年前、騎士に何の関係もない立場で暮らしていたイユは何の因果か偶然紅雪を手にしてしまった。そして歴史上3人目のダイヤの誕生という事実は「歓待」という形を取った「強制」でイユを騎士団につなぎとめたのだ。当時騎士に対し皆を守る存在と知りながらも粗野な連中という認識を持っていたイユにとってはそこに在ること、隊長として認められたことなど、どれほどの賛辞になろうとも苦痛にしかなりえなかった。さらにイユは昔からこの喋り方で、この性格だ。団員たちとて人間。世間一般に通じる「男」という枠組みから外れている彼に向けられるのは「ダイヤ」への賞賛だけではなかった。
そんな彼を辛さから救ってくれたのが現スペード――ティナ・レシィその人。
彼女は小さく細い体と唯一の女性団員という負い目など気にもせずにスペードを全うしていた。出来ないことが多くても、やることなすことを否定されても、ただ武器に選ばれただけだとイユが「薄い」と感じた使命を、全うしようとしていた。
その彼女の、歯を食いしばりながら前を向く姿を見て、イユは知ったのだ。
【バッカじゃん? 近くにいたから何!? 近くにいたらみんながみんな助けてくれるわけ? 近くにいたら助けることが義務なわけ? くだんねーんだよカスッ! そんなの偽善者のキレイゴトでしょ!?】
気に食わないと言外で叫んだように聞こえるそれと共に強風が吹き荒れる。ブルックの怒りに比例するように切れ味を増すかまいたちにこれまで以上に深くイユの肌が切れていく。鋭利な風に撫でられたイユの頬がぱっくりと裂かれると、吹き出た鮮血が空中に舞った。
【ホラホラ! どうしたのよ。このままじゃご自慢の顔がズタボロよ!? 二度と見られない顔にされる前に跪くか何かしてみればどう? そんなナリしてるヤローにどうせ騎士としての誇りなんてないんでしょ? キャハハハハハハ】
哄笑が響く。血に惑ったように。己の力に溺れたかのように。ブルックは抵抗する術すらないイユを嘲笑った。その声は周りで戦う騎士たちの耳にも聞こえ、彼らは一様にダイヤが貫く無言の意味を図りかねる。現ダイヤであるイユ・キクラは協調を常として行動するが、怒る時は怒るし、現隊長たちの中でもっとも口が回る人物で口喧嘩圧勝回数多数の経歴を誇る。その彼の沈黙は、団員達には少女の魔者の言葉通りに自らの保身のための算段を練っているためではないかと邪推させるに十分だった。彼が「美」をとことん大事にすることを皆知っているから。
しかしその考えを持ったことを、騎士たちは次の瞬間大いに呪う。彼を疑う思考を抱いたことにそれだけの後悔を抱かせるのに十分な威圧感が、次に放たれる言葉に圧縮されていたから。
「――――お黙り」
たった一言で済んだ、短い単語。一息に外に放たれたそれは、しかし聞こえた者全てに身震いを起こさせるほど強く、そして――恐ろしかった。