第13話 「決戦! イユVSブルック」 3
ぞっと肝を冷やしたのは声の届く範囲にいた騎士たちだけではないらしい。ブルックもその異様な空気に動揺したのか風が少し揺らいだ。イユは柳眉を逆立て空中のブルックを睨みつける。
「誰が、騎士の誇りを持ってないですって――?」
それは、イユにとってもっとも許せない言葉。何故ならその言葉が穢すのはイユだけではない。彼がもっとも敬愛し、信頼している騎士をも穢す。
「お聞き! あたしは――トランプ騎士団隊長ダイヤ、イユ・キクラは、騎士の誇りと忠誠を持って紅雪を振るっている! あたしに騎士の何たるかを、その誇りを教えてくれた現スペードのために! 他の何を侮辱されようと、あの子に捧げたこの誇りだけは誰にも穢させないわよっ!!」
ダイヤになりたての頃、イユが知らなかった「騎士の誇り」。教えてくれたのは、スペードとして、《スペード》として、人知れず努力を重ね、他人と自分に認めてもらえるように努力を重ねてきた少女の姿。大切な人を守るのだと小さな体で敵と戦う強い意思。そして何より、《スペード》の使命の元、誰かの笑顔のために強くなろうとしていた彼女の誇り。
イユが掲げる「騎士の誇り」は、ティナがはじまりで、ティナのために捧げたもの。それを穢すのは、ティナを否定することになる。イユはそんなこと、認められなかった。
これまで一度も聞いたことのない、怒号に近い意思の言葉。あの彼が、あのイユが、そこまでした。そこまでして、己の誇りを守ろうとしている。その事実は徐々に騎士たちの中に広がり、気が付くと、騎士たちは我先にと喊声を上げている。息巻く彼らは攻勢衰えない魔者たちに強気で当たっていった。ブルックは、強く自分を睨むダイヤの姿に歯を食いしばり顔を歪める。かと思うと、それまで弱まっていた風が急激に勢いを取り戻して行った。再びかまいたちが襲ってくる。
【何よ何よ何よ! かっこつけてんじゃねーよボケッ、何が騎士の誇りと忠誠だ! お前はその《スペード》にずっと騙されてきたくせにっっ!!】
「騙されてたわけじゃないわ。――あたしが気付かなかっただけ」
何も言ってくれなかったという権利はない。そう仕向けたのは他ならぬ自分たちなのだから。
だが、だからこそ。
「だからっ、あたしはこれ以上あの子に辛い思いをして欲しくないのっ。あの子に、心から笑って欲しいのよっ!!」
叫ぶような言葉が発せられると、手の内に握られた紅雪が高く鳴った。何事かと思う間も無く、それは自ら光を発して輝きだす。
そして光が晴れた時、イユの手には変形した紅雪の姿があった。