第13話 「決戦! イユVSブルック」 5
「なっ――!?」
およそこの魔者の少女が出したとは思えない声はアズハよりも低く、イユよりもずっと年上で壮健な男が紡いだもののように聞こえる。しかしイユがもっとも驚いたのはその声が薄く開けられた少女の口から放たれるのと同時に彼女を取り巻くように巻き起こったかまいたちだ。あまりに速く吹いたため音が遅れて聞こえてきたそれに、彼女の眼前まで迫っていた紅雪はずたずたに裂かれてしまった。哀れな姿になってしまった己の武器に目を見開いたイユだが、頭の中で"彼女"が問題ないと告げてきたのですぐに切り替える。その意識に応じたのか、紅雪は己の言葉通り一片の欠けもない状態で元の形に戻った。
相手に何が起こったのか分からない状況なのでどんな武器になるか思案中なのか、じっと押し黙る紅雪。イユはその選択を紅雪に任せ自分はひたすら現状を見定めようと両手足から力を抜き浮かんでいるだけの少女を見上げる。その視線の先で、それまで緑だったブルックの双眸が深い青に変わっていった。虚ろな眼差しはその変化が終わると同時に生きたそれへと変わる。視線が合った瞬間に全身からどっと汗が吹き出た。正体の定かでない危機感がイユの中に渦巻く。
"コレ"は、危険だ。全身が警告してくる。
【この程度で"私達"を倒すつもりか? 身の程を知れダイヤよ】
口元を薄く引き延ばし、先ほどまでのはすっぱな様子を一変させたブルック。いや、もはや彼女を「ブルック」と呼ぶのもふさわしくないのかもしれない。そう思うほど、その変化は激しすぎる。
「――おじょーちゃんの中にいるあんたは誰かしら? お名前があるならお聞かせ願える? それと、姿を現してくれると嬉しいんだけど」
冷や汗をかきながら、それでも懸命に気を張って強気に微笑む。そのイユに「ブルック」は口元を引き伸ばしたまま目を細めた。
【ザンディス。希望に応えてやるのも一興かもしれんが私は姿なき魔者――寄生型と呼ばれるものでな。姿はない】
素直に応えたのは余裕か性分か。恐らく前者だろうと考えながら、イユはその厄介さに内心で舌打ちする。
基本的に魔者は発生すると受肉して血肉を有した固体となる。しかし稀に受肉することなく「存在」する魔者が現れる。それが寄生型。彼らは精神体として生じ、精神のまま人間に害を及ぼす。しかしこの寄生型は精神体の状態で常にいなくてはいけないので自然消滅しやすいのだ。故にその絶対数は少ない。そしてこの少ない絶対数に含まれたものたちは例外なく騎士たちにとって脅威となる。精神体であるため直接の武器も届かず、彼ら相手に騎士は役に立たない。そのため彼らが生じると騎士ではなく教会の者が出張るのだ。
(今日は聖職者誰も連れてきてないわよ! 抜かりすぎでしょあたしたち。何考えてんのよ!!)
数時間前の自分達の浅はかさを大いに呪いながら、それでもイユは微かな希望に縋った。
(唯一の救いは、別の魔者(ブルック)に取り付いていることね。――下手するとその真逆かもしれないけど)
寄生型の名の由来は人の精神を冒すことはもちろんだが、何よりも別の魔者に取り付くことだ。彼らは精神体であるため同意なり強請なりして別の魔者の内に入ることが出来る。そして別の魔者の内に入った状態ならば、精神体の時には通じなかった物理攻撃も通じるようになるのだ。ただし利点があれば難点もある。寄生された魔者を相手にするということは2体の魔者を相手にしているということになり、単純な足し算ならばたいした問題とはいえないだろうが、場合によってそれは掛け算になる。寄生された側とした側、互いの相性がよければ最悪だ。
イユはブルックとザンディスの相性が悪いことを期待したが、それは淡いものだということも自覚していた。もしも相性が悪いのならばザンディスはブルックを見捨ててしまえばよかった。あの状態でそれをしなかったのは彼女との相性がいいからだ。ザンディスにとってブルックは、見捨てがたいほどの器なのだろう。
その事実がイユは恐ろしい。
先ほど彼が現れた瞬間から汗が止まらないのは彼の危険性を体が察知しているから。その彼が相性のいいブルックの体で戦う。イユにとっての危険しか感じられない状況だ。