第13話 「決戦! イユVSブルック」 6
【――――どうしたダイヤ。人間(おまえ)の敵の目の前にいるというのに、何故躊躇う】
試すような口調。老獪さを感じさせる余裕にイユはザラリと精神をなでられたような寒気を感じた。何もしていないのに足がもつれて転びそうになるが、その瞬間に耳の奥で鳴り響いた高音にはっとして体勢を立て直す。ザンディスは舌打ちしないのがおかしく思えるほど不愉快そうな表情をした。
【またお前か紅雪。お前は一体何度私の邪魔をすれば気が済むのだ。最初のダイヤの時もそうだ。あと少しという時に邪魔をしおって】
紅雪が鳴く。ようやく喋りだしたと思ったらやけに怒っている彼女の声を代弁しようかとイユが口を開きかけると、それに先んじてザンディスは空中で腕を組んで声を張って笑った。
【はははは。過去の亡霊とは言ってくれる。――だが消えろというには遅いな。私が生じたのは人の時で言うならば遙か過去。"ひとつ前のお前の主のおかげで"自然と消えるには力がつきすぎているし、私はもう《スペード》以外に消されることはあるまい? もう1人私を消せるはずの"私を生んだお前の主"はとうに死んでいるのだから】
嘲る言葉。紅雪が頭痛がするほど強く鳴きはじめたので、自分にしか聞こえないはずの彼女の声をかの魔者が聞こえていて事実に眉をひそめていたイユは慌ててそれを宥める。何度も何度も心の中でその名を呼び、落ち着くように語り掛け、しばらくするとようやく彼女は少し落ち着いたようだ。それと同時に彼女が送ってきたイメージは、長い栗色の髪を背中に垂らしている女性の姿。あどけない顔をしているがその眼差しはとても強い。もう1人は漆黒の髪を編みこんだ女性。少しシャープな顔立ちだが目元は優しい。それが初代ダイヤと2代目であること、そしてもう1つの真実を告げられ、イユは思わずザンディスを凝視した。
その眼差しの意味を悟ってザンディスは再び薄く笑う。
【聞いたとおりだ。"アレ"が《スペード》の業ならば私はダイヤの業。初代ダイヤにより生み出され、先代ダイヤにより力を得、今なお生き延びている】
ザンディスはブルックの顔で、しかし決して彼女ではありえない笑顔を浮かべた。その笑顔を見ながら、イユは図書館で調べたトランプ騎士団の歴史を思い出す。初代ダイヤは己から生じた魔者を滅するために戦い、左腕を食らわれた。しかし、結局その決着はつかずに終わる。先代ダイヤは初代ダイヤから生じた魔者との戦いで命を落としている。その骸は、骨の一欠片、肉の一片、血の一滴残さずにその魔者に喰らわれた。
知ったときから因縁を感じていた魔者が、今目の前にいる。
全身の毛が逆立つ感覚が襲い掛かってきた。それが恐怖か武者震いかは分からない。けれどそれは、恐らく受け入れなければいけない震え。ダイヤである以上、立ち向かわなければいけない感情。今にも暴走しそうな怒りを紅雪が放っている。イユがそれを宥めていると、ザンディスはまた嘲りをその目に浮かべた。
【私を殺したいか紅雪? 構わんぞ。さぁやってみろ。間違って新しい主を私の口に収めないように気をつけろ】
また紅雪とザンディスの会話が成立する。だがイユは最初ほど疑問は持たなかった。仮定の段階だが、何故彼が紅雪の声を聞けるのかが分かったためだ。彼は初代ダイヤから生まれ、左腕を食した。恐らくこの時点で紅雪の意思を感じ取るくらいのことは出来たのだろう。そこに加えその血肉・骨まで先代ダイヤを喰らったため、イユに負けないほど彼女とのつながりが出来てしまったと考えられる。自分の主を害したものに己の声が聞こえているのが、紅雪は不満なのかもしれない。
「ああもお、ちょっとお黙り紅雪! 怒りに任せた戦いはしないのが騎士でしょう」
耳元で大声を出されているような感覚に耐えられずイユはついに声に出して紅雪を叱り付けた。紅雪は一瞬不満そうだったが、しかしすぐに静かになる。その様子を見て、ザンディスは感心したような顔をした。
【ほお、そのわがまま娘がおとなしくなるか。男とはいえ、もしかしたらお前が歴代一の使い手かもしれんぞ。今までの2人はそれに甘かったからな】
年長者の振る舞いをする魔者にイユは微かに眉をひそめる。初代の頃から生きているならば間違いなく年長者であるだろうが、アレは魔者だ。魔者がこのような親しみに似た言葉を紡ぐなどイユは知らない。
(なんか――妙な感覚ね……)